恥ずかしかったお話
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子どもが6人いるわが家には、おもしろいルールがいくつかありました。 たとえば、冷蔵庫はお母さんのもの。勝手にあけてはいけません。 「冷蔵庫あけていいですか?」の許可が必要。 もしかしたら前に書いたかもしれませんが、夕ご飯の時は、一斉におしゃべりしだすと収拾がつかなくな るので「お話ししていいですか?」もちろん絶対これって限るわけではありませんこの場合。 混雑し出すと、子ども裁量でこの言葉が飛び交い始めます。 アフリカに住んでいるときは私たちの寝室のベッドの横にもう一台ベッドがあって、それは、ローテーシ ョンで子どもたちが日替わりでやすむ。ホントはみんなでねたかったんですがね。 ああ、振り返ればホント楽しかったなあ、子育ては!!ああ、まだまだ続いているんでした!アハハハ さてさてそのルールの中に、絶対守る約束で 「5時に家に帰り着く」というのがありました。 それはわが家だけは、たとえ真夏でまだまだお日様が高くても、絶対の約束。 夕方の子ども担当のいろんなお仕事、お手伝いが待ってます。 それにほんとのこといえばわたし、心配性。 子どもが早く帰ってくれればほっとするんです。 ところがある日のことでした。 小学3年生ごろだったでしょうか。三番目の次女光香理(ひかり)がなかなか帰ってきません。5時を とっくにすぎたというのに。 6時前におそるおそる帰ってきたこの子に、叱ったあげくいいました。 「もう心配で心配で、誘拐されたかもって思って捜索願を警察に出してしまったのよ!わあ、こまっ たどうしよう!もうすぐおまわりさんがおうちにききにくるわ、ああ困った困ったどうしよう」 わたしのこの迷?演技。応えたようでした。あおざめてました。 言ってしまったわたしはすっかり忘れて、炊事していると、向こう側でひかりが電話をはじめた様子。 「えっ!」 水音で聞き取れないもので、水道を止めると、 「もしもし、警察ですか。○○ひかりです。」 「あのう、すみません、いま、かえりました。すみません ゆうかいは・・」 あわてて、走ってひかりから電話をとりあげたわたしは 「申し訳ございません。実は・・・」 ひたすら大謝りに謝って、不審そうな警察の方の疑いを解いて、ほっと一安心。 ひかりは、大きな目に涙をいっぱい浮かべて、わたしを見上げてにっこり。 ああ、この馬鹿親、罪悪感でいっぱいになりました。 110番に電話したそうでした。トホホホ |

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意味深そうな題名でごめんなさい。あははは♪(昔の話です。) ☆☆☆☆☆ わたしは、とまどっていました。 誘っていただいて、ありがたくついてきたお部屋には、セミダブルのベッドがひとつあったっきりでした から。 ニューヨークのブルックリンに住む台湾系アメリカ人のローさんは、日本に住んでカメラの勉強をされた ことのある男性のかた。 ニューヨークのブロードウェイの小劇場を借りて、知人の講演会を開く準備のために渡米したわたしでし たが、知人がローさんのお友達という関係でローさんには、たいへんお世話になりました。 そのうえ、わたしの宿を心配してくださって、ローさんのまたそのお友達のミャンマ人の女性のお宅に 泊まるように誘ってくださったのです。 初めてお会いした彼女はサラとよばれていました。ニックネームなのか、本名なのかわかりません。 幼い頃、戦火の消えないミャンマから、家族と別れて彼女は仏僧として、頭を丸め亡命してきたそうで す。 たぶん私たちには、想像もできない苛酷な人生を送ってきたのでしょう。 ひとり暮らしのその部屋の、質素な様子は、そのまま彼女の生活を物語っていました。 その夜、わたしと彼女は韓国製のぴりぴりのインスタントラーメンを楽しく分け合って食べました。 ひとつしかないベッドにどうやって寝るのだろうかというわたしの心配をよそに、 彼女はさっさとベッドに入りました。 「はい、もうねようよ」って。 わたしもそっと背中合わせに、はいりました。ばかなはなしですが、ちょっぴり、こわがりながら・ なんにもあるはずはもちろん無く、怖がった自分を翌朝、恥じました。 サラはローさんの写真のモデルをやりながら、たくさんのアルバイトをこなしていました。 本当はいけないことなのでしょうが、彼女はわたしをアメリカの上流社会のお宅に連れて行ってくれまし た。そこで彼女はハウスガール(ハウスキーパー)家政婦として働いてもいたのです。 テレビでしか知らなかったアメリカのお金持ちのお宅。昼間は、誰もいません。 すばらしい調度品の中の、脱ぎ散らかされた衣類の整理整頓、ベッドメーク、キッチンの片づけ・・ びっくりするようなことばかりでした。 仕事が終わってからふたりでショッピングにも出かけました。 今でこそ、こちらにもお目見えするようになったセカンドハンド(中古)のお店など、わたしにはやはり これもおどろき。 彼女が選んだのは中古のワンピース。きれいな花柄の洋服でした。 それはわたしへのプレゼントでした。 自分自身が、貧しくその日の暮らしもままならないようでしたが、それでも、困っている人の最大限の味 方になってあげるということを日々実践している彼女。 損得なんて、なんにも頭の中にないのです。 見事です。 彼女にいただいたワンピースは、あれからもう何十年もたった今でも、大切な宝物としてのこしていま す。 いつかまたお会いできる日がきたらいいのですが。 |

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もしかしたら、私の方が悪かったのかな、とひっかかっていることがあります。 それも○十年前の話。 私たち夫婦は、子ども4人の手を引いてロサンジェルスの空港でタクシーを待っていました。 大きな荷物を抱えて。 まだ宿泊先も決めていませんでした。 ディズニーランドの近くにでも泊まろうかというお気楽さ。 うさんくさそうな男性がしきりに車を勧めます。 私は、言いました。 「もしもあなたがディズニーランドホテルを確保してくれたなら、あなたの車を使ってもいいわ。」 彼は大喜びでブッキングらしい電話をはじめました。 何しろ私たちはアフリカ暮らしのアフリカなまりのちょっと恥ずかしいような英語。 米語とはずいぶん違います。「ホット」なんて使おうものなら「ハット」と訂正される始末。 まあ、そんなこんなで、ディズニーランドに向かってリムジンが出発しました。 ところがずいぶん走ったところで運転手が 「実はホテルは予約できなかったんだ」 と言うではありませんか。 そしてその上、法外な料金の請求。およそ3万円。 「約束が違う!」「降ろせ」 車内で言い争いに。 主人は、「まあまあ」と押さえにかかります。が、私は と大騒ぎ。 最終的には途中の街角、ちょっと危なそうな・・で降ろされた私たち ニューオオタニまで、スーツケース3つを押して歩きました。小さな子どもたちに服を引っ張られながら 今になって振り返ると、ああ、ニホンの大和撫子のイメージを根底より覆す、恥ずかしいお話です。 いとこは、ロス市警にはもちろんいません。 彼は、歯医者さん。 その日から主人が私を見る目が変わったような・・・・
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なぜだかわかりません。 しかし、うすうす気がついていました。 「形」の感覚が人とは違っているのではないかと。 たとえば、自分の車・・・・・ スーパーとかの買い物の際、駐車しますよね。 買い物を終えて車まで帰ってきたとき、私どれが自分の車かわからなくなるのです。 同じ色の車は、どれも同じように見えるのです。 初めの頃、よく見ていないせいだと思っていました。 でも、どうやら違うようです。 これまで何回も、他人の車に鍵穴差し込んでがちゃがちゃやったり、不審者的行動を取ったことがありま す。 ブルートレインのはなしではないですが、よその車の助手席に乗り込んで運転手と顔を見合わせたり 恥ずかしい 恥ずかしい あああ、ふりかえれば恐ろしいことだらけ やっぱり田舎でしか生活できないタイプかもしれません。 まだ、それが原因で怒られたことはないのですが。 折り紙が苦手。 五つの間違い探し、まったくにがて。 地図は、道に会わせてひっくり返してみます。 それでも、元気でこうして生きていける この幸せ!!! |

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