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厚生労働省は2018年3月23日、「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(平成30年3月改訂)を第6回人生の最終段階における医療の普及・啓発の在り方に関する検討会で公表した。あわせてガイドラインの解説も公表した(人生の最終段階における医療の普及・啓発の在り方に関する検討会「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン解説編」平成30年3月改訂)。
立正佼成会附属佼成病院の対応はガイドラインに照らして問題がある。第一に佼成病院は患者本人や家族等と繰り返し話し合うことをしていない。
「本人の意思は変化しうるものであることを踏まえ、本人が自らの意思をその都度示し、伝えられるような支援が医療・ケアチームにより行われ、本人との話し合いが繰り返し行われることが重要である」(ガイドライン1頁)
この繰り返しの話し合いが今回のガイドライン改定のポイントである。それは解説の「平成30年版ガイドライン改訂の経緯」にも記されている。「本人の意思は変化しうるものであり、医療・ケアの方針についての話し合いは繰り返すことが重要であることを強調すること」(解説1頁)
家族等についても繰り返しの話し合いを求めている。「本人にとって何が最善であるかについて、本人に代わる者として家族等と十分に話し合い、本人にとっての最善の方針をとることを基本とする。 時間の経過、心身の状態の変化、医学的評価の変更等に応じて、このプロセスを繰り返し行う」(ガイドライン2頁)
家族等の意見は「本人にとっての最善の方針をとる」ためのものである。「親の家族は地獄」というような家族自身の意見を反映させるものではない。
第5回人生の最終段階における医療の普及・啓発の在り方に関する検討会(平成30年2月23日)では以下の懸念が提示された。「話し合いで意思が確認できないと、声が大きい人の話が通り、その人にとって「より良い」というのが一体誰にとってのものなのかが曖昧になる現実もある」
第二に佼成病院は話し合った内容を文書にまとめていない。
「このプロセスにおいて話し合った内容は、その都度、文書にまとめておくものとする」(ガイドライン2頁)
解説では文書にまとめることは家族等と共有するためとする。「話し合った内容については、文書にまとめておき、家族等と医療・ケアチームとの間で共有しておくことが、本人にとっての最善の医療・ケアの提供のためには重要です」(解説5頁)
第三に佼成病院は医学的妥当性と適切性に基づいて判断していない。医師や特定家族の価値観で患者を早期に死なせてしまうことがあってはならない。ところが、佼成病院では主治医の理念によって方針が決定された。
「人生の最終段階における医療・ケアについて、医療・ケア行為の開始・不開始、医療・ケア内容の変更、医療・ケア行為の中止等は、医療・ケアチームによって、医学的妥当性と適切性を基に慎重に判断すべきである」(ガイドライン1頁)
第四に佼成病院はチーム医療をしていない。解説では緊急時も事後的な判断を要求しており、複数人のチームによる判断は譲れないものである。ところが、佼成病院では主治医一人で決めており、チームは形成されていない。
「チームを形成する時間のない緊急時には、生命の尊重を基本として、医師が医学的妥当性と適切性を基に判断するほかありませんが、その後、医療・ケアチームによって改めてそれ以後の適切な医療・ケアの検討がなされることになります」(解説3頁)
第五に佼成病院は治療のメリット・デメリットなど適切な情報の提供と説明をしておらず、患者本人や家族等が意思を示せるような支援を行っていない。反対意見が出なかったから賛成したものとみなすというようなアリバイ作りのための意見聴取はガイドラインの趣旨に反する。
「時間の経過、心身の状態の変化、医学的評価の変更等に応じて本人の意思が変化しうるものであることから、医療・ケアチームにより、適切な情報の提供と説明がなされ、本人が自らの意思をその都度示し、伝えることができるような支援が行われることが必要である」(ガイドライン2頁)
解説でも丁寧な意思くみ取りを求めている。「医療・ケアチームは、丁寧に、本人の意思をくみ取り、関係者と共有する取組を進めることが重要です」(解説3頁)
厚生労働省の「最期まで尊厳を尊重した人間の生き方に着目した医療を目指す」について清水哲郎・岩手保健医療大学学長は以下のように解釈する。「医療は、患者を支配したり、その意に反することを押し付けたりせず、相手の気持ち・意向を大事にしつつ、ケア的態度で事を進めていくというあり方を、患者の人生の終わりまで貫く」(清水哲郎「「終末期」ではなく「人生の最終段階」の医療へ」朝日新聞2018年3月23日)。
「多死社会の“QOD”は、「死」を一時点で捉えるのではなく、どのように自らの「死」を迎えるのか、そこに至る幸せな「逝き方」というプロセスが重要であることを意味している」(土堤内昭雄「多死社会の“QOD”−幸せな「逝き方」を考える」Yahoo!ニュース2017年6月14日)
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