|
田中芳樹『タイタニア 5 凄風篇』は前巻のラストで一方があっけなく倒れ、英雄同士の対決とならなかった。はるかに小物と思われた存在が厄介な敵として立ち塞がる。ラスボスの動機も、世界の支配者としては非合理なものであった。しかし、世界をどうこうしようと考える英雄よりも人間らしい。銀河英雄伝説が書かれた時代よりもハイエクの人間観が広く受け入れられている状況を反映している。
本作品は銀河英雄伝説と比べると女性キャラクターの存在感が大きい。銀河英雄伝説は優れたスペースオペラであるが、女性の存在感が乏しい。そこに20世紀の作品という時代制約を感じる。ラインハルトの側にもヤン・ウェンリーの側にも傑出した女性が登場するが、結局は英雄の妻という存在である。タイタニアでも後世の歴史書で語られる活躍は男性ばかりであるが、様々な女性がイキイキと活躍する。
フランシアは内助タイプに見えるが、最後に相互主義を表明した。「ジュスランさまが、わたしの申しあげることをきいてくださらないのなら、わたしも、ジュスランさまのおっしゃることをききません。それが対等というものだと思います」。この相互主義の考え方は『創竜伝』でも非礼には比例で応じるという形で示された。
女性キャラクターの存在感は機動戦士ガンダムでも感じる。21世紀のガンダムである機動戦士ガンダムSEEDでは艦長も副長も女性であった。ステレオタイプな女性でくくれないような対照的な個性を持っていた。女性の社会進出は昭和と比べた大きな変化である。
銀河英雄伝説はハードウェア信仰を否定したが、本書では大艦巨砲主義が主人公側に一定の打撃を与える。一定の脅威になるという点は現実的である。
|
全体表示







