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前回記事にした、奈良県下市町立中学校への入学拒否問題。
階段をバリアフリーにできないという理由で、車椅子の少女を拒否し、 「養護学校の方があなたには向いてるから、そっちへ行きなさい」 という、腹立つ問題を、4月11日のTBS「報道特集NEXT」で 取り上げてました。 小学校は普通学校で、みんなと同じ教育を受け、友達と楽しく学校生活を 送った、谷口明花(めいか)ちゃん。 脳性まひの体は、硬くなってくるからと、幼い頃から一生懸命リハビリ を受けてきました。時には「痛い、痛い!」と泣いてる様子もありました。 でもそのがんばりの成果で、立てるくらいになったし、ひとりで車椅子も こげるようになったのです。 字を書くのも、スムーズにできるようになっていきました。 みんなと同じに授業を受けることで、彼女も努力するし、何より周りの 子供たちが「思いやり」や「やさしさ」を学んだと、保護者の方も言って ました。 声を大にして言いたい。彼女の存在で周りの子供も大人も多くのことを 学べる。 これが素晴らしいし、これこそが、「教育」なのです!! それなのに、階段があるというだけで入学さえさせないバカな大人たち。 それが、教育に携わる人間であるという点に、一層怒りを覚えます。 「差別はしてはいけません」と、当たり前のように教える大人たちが、 公然と差別を行なっている。 子供たちに差別をしてもやむをえないと、教えているようなものなのですよ! 橋下知事のように、福祉に関する財源はつけるかどうか以前に、つけなきゃ いけない。他のこととは違う、とい人が町長ならいいんでしょうが。 もし、階段等をバリアフリーにする財源がないことだけを理由に拒否するんだ とすれば、そこに財源を持ってきてないことも、そもそも問題です。 アメリカでは、バリアフリーにしないことは仕方ないのではなく、そのこと 自体が自由を奪っているという意味で、差別とみなします。 それに、文科省に補助金を申請することもできるということです。 それすらやっていない。 そして、文科省もテレビで言ってましたが、教室を1階中心にするとか、 補助教員をつけるとかの努力をするべきだ・・・と。 ただ、そもそも納得できないのは、やはりこの国の根本的な考え。 番組でもやってましたが、重度の障害者は、特別支援学校に入ることが 「前提」なのです。その上で例外的に、特別な事情があれば(わけわからない ですが)認定就学者として普通学校(普通って?)へ入ることを認める・・・ というのが制度なのです。 2年前にこの制度が確立されたそうですが、確かに以前、新聞でこのことを 読んだ時、驚いた記憶があります。 普通学校へ行くことが「例外」なんですよ。 じゃあ、僕を初め、多くの普通学校へ行った車椅子の人間は例外だったんだ・・・ この制度がない時代ですが、あの頃も摩擦があり、今も変わっていない。 明花ちゃんのお父さんが、教育委員会とやりあってる音声がありましたが、 僕の親がしてくれたやりとりと同じでした。 それは・・・ 「事故があったら責任が取れないんですよ。その可能性があることをわかって いながら受け入れて、何かあったら我々の過失責任が問われるんです」 「じゃあ、誓約書書きましょうか。一切責任を問いませんから・・と」 どっちがどっちのセリフかわかりますよね。 僕が中学へ入るときも、高校へ入る時も、教育委員会とはもめませんでしたが 正式に入る前の挨拶に行った時、校長か教頭が必ず言いました。 「何かあったら責任が取れないんですが・・・」と。 「何も言いませんから。それに、事故に遭う可能性は他のお子さんも同じです」。 小学校4年で養護学校から普通学校へ転校できたんですが、絶対一人は 学校にも教育委員会にも味方になってくれる人がいるものなんですが。 明花ちゃんにも誰か、キーになる人がいれば動けると思うのですが・・・・ でも明花ちゃん、言ってました。 「入学できなくて寂しいけど、みんなが応援してくれるからうれしい」って。 この言葉を聞いて、何も感じないのだろうか? 本気で、何かできないだろうか・・・・・
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チッチさん、私も弟と妹がいて小さい手助けをしてくれます。
健常者の意識を変えなければ、ダメたと思うのです。
周囲に障害者の方がいらっしゃれば、子供は受け入れられますが、大人はそう簡単には、受け入れてもらえないと思うのです。
2009/4/16(木) 午後 3:24
おやしさん、そうなのです。
出来ないのではなく、やらないだけですよ。
ポチありがとうございました。
2009/4/16(木) 午後 3:45
KIKIさん、はじめまして、チッチのブログへよこそ。
2009/4/16(木) 午後 4:21
がずよさん、はじめまして、チッチのブログへよこそ。
介護の仕事をしていらっしゃるのですね。
ブログは、バリアフリーです。
また、遊びに来て下さいね。
2009/4/16(木) 午後 4:45
こんにちわ〜おやじさんちから来ましたよ。
絵本の記事が何もないけど・・・ホントにちっちさんが書いたの〜?なんつって。せっかくおやじさんにも送ったんだから記事になさった方がよろしいかと・・・。
2009/4/16(木) 午後 5:57
KAORIZさん、はじめまして、チッチのブログようこそ。
絵本の文章は、私が何ヶ月も掛けてパソコンで書きました。手が不自由なので時間が掛かりました。
絵の方は、知人の紹介のプロの絵描きさんに頼んで描いて頂きました。
何か問題あるでしょうか?
2009/4/17(金) 午後 7:23
ブログ主は、下市町のこの中学校のことをご存じの上で、このような記事を載せてらっしゃるのですか??
普通学級の生徒が1日800段も階段昇降するような斜面に立っている中学校・・・これにスロープを作るとなれば、中学校だけの予算でどうにかなるとお思いなのでしょうか??
いま全国の公立学校の間では、耐震不備の問題が大きくなっています。この小さな下市町でも例外ではないでしょう。人口7千人、15歳以下の子供はわずか700人、歳入40億円、上水道のない地域もあるこの小さな町で、たったひとりの子が普通校に通いたいというだけで、何千万というお金が掛かってしまう。。。いくら国からの補助が出るからと言って100%国が補ってくれるものではありません。町の教育に関する予算の中からも回されることでしょうね。ほかの生徒を子に持つ親御さんは耐震補強という順番を懇願するなか、このことによりさらに後回しにされ、いつ大きな地震が来るやもわからない耐震不備の校舎で勉強する中、この子にだけ最優先で十二分に予算が割かれる・・・。
こんなことが身障者に優しい社会ですか!?
これが平等ですか?!
2009/6/27(土) 午前 2:51 [ - ]
kowanko2525さん、私は養護学校でも『手が掛かり過ぎる。」と断られました。
養護学校でもいくらでもその気になれば大学へ行けますよ。
私のような者だってパソコンを打っています。
本人の努力次第でどうにでもなると思います。
国にも問題があると思います。いらないところにお金を使って福祉、教育、医療はほっぱらかしです。コレには私もあたまにくる。る
2009/6/27(土) 午後 7:56
日本人はすべての人に対し教育の機会を与えられているにもかかわらず、それは何ということなんでしょう!!その悔しいであろう悲しいであろうお気持ちに同情いたします。
私があなたの親だったとしたなら、あなたのご両親同様最大限の努力をしただろうと思います。毎日毎日学校に行くことができるよう、町役場や町教委、そして学校などへ陳情、そして町民や生徒さんたちの多くから、自分の子供が学校へ行けるよう「お願いします。お願いします。」とその一人一人に頭を下げて回り署名を募り、それをチカラに再三また町役場や町教委、そして学校などへお願いの陳情へ行くだろうと思います。
↓つづく
2009/6/28(日) 午前 3:03 [ - ]
と同時に思うこととして、この谷口さんのご両親はこのようなことはしてきたでしょうか?小学校在学中からコツコツと中学校の普通校への進学を見据え、このご両親は最大限の努力をしてきたでしょうか?どこかで「小学校が普通校だったから中学校も普通校が当然!」という気持ちがあったのではないでしょうか。だから、4月の入学時に中学校や町教委に“門前払い”されてしまったときに慌て、そしてすぐに!裁判沙汰にまでしてしまったのではないでしょうか。
「当然」という言葉、そしてそういう表情の裏腹には必ずと言っていいほどそこには『謙虚さ』が欠落しています。それには健常者・身障者、お年寄り・妊婦などの差異はありません。喩え健常者であっても「当然!」なんて顔をすれば、それこそ反感を買ったりするものです。ましてや身障者が普通校への入学が一般になかなか理解が示されていない現在には、悲しいかな当然が当然でないのが現状です。
↓つづく
2009/6/28(日) 午前 3:04 [ - ]
世の中を動かすには、イヤな言い方かもしれませんが、同情というものが必ず必要です。そしてその同情を数多く得るには、ご本人の最大限の努力が伴わなければ世間は同情はなかなかしてくれません。先日、臓器移植法案のA案が衆議院を通過いたしましたが、臓器移植を願うご両親の最大限の努力が世の中を動かし、そして法案の通過へと導かれたのです。これはご両親が「当然!」の上に“あぐら”をかき、そして裁判を起こし、その上で通った法案ではありません。自らの子の命が尽きるような身を引き裂かれるような思いをしても、街頭に立ち、国民それぞれに訴えかけた結果なのです。
この谷口さんのご両親がそれをしたでしょうか?どこかで「当然」という上であぐらをかいて努力を怠っていなかったでしょうか?
国を動かすことはそんなに難しいことではありません。しかし、世論を動かすというのは最も難しいことです。
↓つづく
2009/6/28(日) 午前 3:05 [ - ]
確かに、国にも問題が大いにあります。国のやり方に対し「こんなことに。。。(カネを遣うなんて)」と思うようなことは、ニュースを見ていると毎日です。特に最近では、マンガやアニメの資料館(?!)を国が先頭となって作るなんて案が出てますが、こんなモノもっての外です。こんなモノを作るのであれば、福祉や医療などにおカネを遣うべきだと私も思います。
ですが、谷口さんのご両親が最大限の努力を怠り、「当然」という気持ちがあったかもしれないという以上、世の中の大勢が谷口さん側に傾いてくれるのはなかなか難しいことだと私は思います。
↓つづく
2009/6/28(日) 午前 3:06 [ - ]
それから・・・誤解しないでくださいね。
私は、なにも身障者が普通校へ入学することに反対しているのではありませんし、むしろ、そういう“隔たり”はなくした方が良いと考えています。理想論かもしれませんが、すべての学校で健常者・身障者問わず同じ学び舎で勉強できる日がくれば・・・と望んでいます。国がちゃんと税金を有効利用してくれるならば、バリアフリー化と耐震化と同時進行で行ってほしいくらいです。しかし、現実を見てみるとそうではありません。校舎の老朽化が進んでいる学校も多く、ほとんどの学校で耐震化が進められていません。国は借金だらけで予算は限られていますし、現状の政府のやり方ではどこかに優先順位を置かなければなりません。
↓つづく
2009/6/28(日) 午前 3:07 [ - ]
私は、大震災を経験しました。普段は避難場所とされるはずの学校が倒壊し、多くの被災者が学校の前で呆然と立ち尽くし、冬の寒い中、凍えながら夜を過ごしていました。震災で亡くなった方のうち大半は建物の倒壊によるものや、火災や煙に巻きこまれてのものがほとんどでしたが、中には助かりながらも避難先もなく、また避難用のテントもなく、寒空の下、毛布一枚に包まりながら無念にも凍死していく・・・特に高齢者が多くいたのも今も鮮明に覚えています。その中には私の祖父も居ました。
これがもし耐震化が進んでいれば、学校に避難することもでき、暖を取ることもでき、どれだけ多くの人が救われたかと思うと今でも悲しくてなりません。
最近では四川大地震で学校が倒壊し、多くの児童が建物の下敷きになったのも記憶に新しいところです。
↓つづく
2009/6/28(日) 午前 3:12 [ - ]
私はバリアフリーにも賛成です。学校をバリアフリー化すれば多くの人がレクリエーションの場として使えますし、また高齢者や身障者に優しい避難場所として使うことができます。しかし、我が国が地震大国である以上、その学校を耐震化しなければならないのも事実です。
ブログ主さんはそういうことも踏まえ、いろいろと考えていただけたらと私は思います。
2009/6/28(日) 午前 3:13 [ - ]
kowanko2525さん、日本は他の先進国から見て障害者に対する偏見はまだまだ残っていると思います。
昔から見れば良くなりましたが・・・ね。
国が動いてくれれば良いのですがね。戦闘機を買うお金があれば、福祉、教育、医療などに廻して欲しいと思っています。
これだけ打つのに1時間ほど、掛かりました。
2009/6/28(日) 午後 6:51
う〜ん。。。
偏見というのはどうかな?!
確かに仰るようにあるにはあると思います。
ですが、どんな世界でも偏見のない世の中はありませんし
それを減らすことはできますが、ゼロにするのはほとんど不可能に近いと思います。
仰るように海外ではチッチさんたち身障者に対する偏見は減っているでしょう。また男女差別もほとんど減りました。しかし、人種差別や国籍での差別、宗教差別という問題はものすっごく!根強く残っています。むしろこれらの差別・偏見は海外のほうが露骨です。私も海外で過ごしている頃「イエローモンキー」に「ジャップ」は日常、女の人であるチッチさんに言うのは少しためらいますが「日本人の男の○○○(男性器)はオマエたちの国の大きさと同じ!!そんなモノでオンナを喜ばせることができるのか?!」・・・どれだけ言われたことか。身障者に対する偏見・差別は減りましたが、強烈ですよ(苦笑)
↓つづく
2009/6/29(月) 午後 7:26 [ - ]
例えば、最近よく『はるな愛さん』という方がテレビに出てらっしゃいますよね?!先日彼女の出ているテレビを見ていたら、はるな愛さんが「私も子供産みたぁ〜い♪」というコメントの返事で他の共演者の方がはるな愛さんに「あんたは子供産めないでしょ!」と言っていました。
バラエティー番組でしたからジョークを踏まえてでの“ツッコミ”なんでしょうけど、捉え方によっては100%差別的な発言になりますし・・・キワドイところですよね。
話は逸れましたが、
ただ、偏見というよりも日本人健常者全体が身障者に対して「見て見ぬふりをする」もしくは「腫れ物に触る」そういう扱いをしているのは、普段接する機会のない私でもひしひしと感じ取ることができます。
繁華街を歩いていても、前から電動車イスに乗った人がやってくると、スーッと道を開けようとする人がいます。しかし、その道を開けようとした人はほとんどと言っていいほどその車イスの人に視線を向けようとはしません。やっている“行為”は一見優しいのですが、表情が優しくないというか心がこもっていないのです。
↓つづく
2009/6/29(月) 午後 7:28 [ - ]
今の身障者を取り巻く環境ってこんな感じなのではないでしょうか?
偏見こそ少なくなりましたが、そこに優しさがないというか心が伴っていないというか、偽善というか・・・
身障者も健常者もなくみんな一人の人間なんです。
身障者と呼ばれる人もいます。ろうあ者と呼ばれる人もいます。またニューハーフと呼ばれる人もいます。もちろん高齢者と呼ばれる人や妊婦と呼ばれる人もいます。
それは、運動が得意な人、運動がニガテな人、勉強ができる人、勉強が不得意な人、手先が器用な人、手先が器用でない人といっしょで、それらは『個性』だと私は思っています。少なくとも私自身はそう考えています。
一人の人間として扱うからこそ、厳しいんです。ハッキリ!!ものを言わせていただくんです。
谷口さんの中学校の件でも、彼女がお友だちといっしょに繰り上がりで地元の中学校に行きたいのはよくわかります。しかし、800段もの階段を登れないのはまぎれもない彼女の『個性』なんです。
↓つづく
2009/6/29(月) 午後 7:28 [ - ]
私の地元に『清風高校』という体操やバレーボールの強豪校があります。「バレーボールしたことないんですけど、これから頑張るんで入学させてください!!」・・・ムリですね。『PL学園高校』という高校野球のものすごく強い学校があります。「高校野球させてください」と門をたたいても、入らせてはくれません。逆にスポーツが万能だからと言って『灘高校』や『ラサール高校』に入れるものでもありません。
学校というものはそれぞれの個性に合わせて選ばなければならないのです。
話は少し飛躍していますが、身障者の障害を『障害』と捉えるならば話は別モノですが、障害を『個性』と捉えるならば、話しはそう飛んでないように私は思うのですが。
追伸:「これだけ打つのに1時間」・・・それを聞いたからと言って、私は頑張りましたねともご苦労さまですともあえて言いません。そういう言い方をするのは『上から目線』の人間の言うセリフですからね。
2009/6/29(月) 午後 7:33 [ - ]