メフメト6世はオスマン=トルコ帝国の第36代スルタン(最後の皇帝)w
第31代スルタン・アブデュルメジト1世の子として1861年1月14日誕生w
第33代ムラト5世・第34代アブデュルハミト2世・第35代メフメト5世達は実兄ですw
1918年7月三兄メフメト5世の崩御で後を継いで即位しましたw
しかし兄達と同じくスルタンとしての実権は全く無し!
またこの頃のオスマン=トルコ帝国は第1次世界大戦でドイツ帝国側に与して戦況不利に陥ってます…
そして1918年10月30日連合国側とムドロス休戦協定を結んでトルコは連合国側に降伏し
イスタンブールは連合国に占領されちゃいます…
またこの協定でアルメニア人によるアルメニア共和国も建国されちゃって
オスマン=トルコ帝国は実質的に滅亡したに等しい状態となってたんですよ!
ちなみに青年トルコ党は敗戦と同時に解体してますw
こんな国家の危機を見たムスタファ・ケマル・パシャ(後のアタテュルク)らが民族的抵抗運動を開始し
エルズルムやシヴァスで東方諸州会議を召集して「国民盟約」を作り上げちゃいますw
1919年ギリシャがアナトリアの支配を目論んでトルコ領のイズミルに進軍開始(希土戦争)!
それに対してケマルは徹底して抗戦します!
そして翌年4月にはケマル一派により「大国民議会」が結成されるんですw
しかしメフメト6世はこれを承認しないで逆にケマルを逆賊として死刑宣告を申し渡して
ささやかな抵抗を示しちゃうんですよ…
同年8月にはセーヴル条約が結ばれたけどこの批准に反対するケマルは国家を救うために
独自の行動を取り始めるんですw
アナトリアに進撃してギリシア軍を破り次いでアルメニア人を弾圧・虐殺し
1921年にはアナトリア西部に進出してギリシア軍を再度破り翌年には
イズミルをギリシアから奪い返すに至ったんです…まさに起死回生!
これにより希土戦争はトルコの勝利で終わりますw
1922年11月1日トルコ革命が発生しケマルは大国民議会をアンカラに召集して
スルタン制度の廃止をついに宣言しちゃうんです!
廃帝となったメフメト6世にはこれに抗する術は無く11月17日にマルタへ亡命し
ここに地中海に覇を唱え623年間続いたオスマン=トルコ帝国は実質的に滅亡しすw
ムスタファ・ケマル・パシャは大統領に就任しトルコ共和国が成立しましたw
メフメト6世は1926年5月16日に65歳で死去してますw
ちなみに…トルコ革命後トルコ国内の一部でオスマン家の血統にある者を象徴的な国家元首(カリフ)と
して擁そうという声があったんで大統領ムスタファ・ケマル・パシャのアンカラ政府も
政府樹立後の内部対立を避けたかったんでひとまずはこれを承認したみたいです…
そこで第32代アブデュルアズィズの子がアブデュルメジト2世としてカリフ就任w
しかし大統領ケマルは2年後にカリフ制度の廃止を宣言してアブデュルメジト2世をはじめ
オスマン家一族を国外に追放しこれにより完全にオスマン国家は解体しちゃいましたぁ…
アブデュルメジト2世は1944年8月23日年に亡命先で死去してますw
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むじゅかしいよぉ( ;∀;) まる、物知りやねぇ! マイペースで読んでるから、なかなかコメント残せなくてごめん(^∀^ヾ
2005/12/2(金) 午前 1:34 [ tb_*06s*6 ]
何となくでも読んでくれたら嬉しいよぉw『あっこれ聞いた事ある!』ってなればそれでもいーんだよ!この人達がいて今があるんだよー!
2005/12/2(金) 午後 11:09