パフラヴィー2世とも呼ばれるパフラヴィー朝第2代イラン皇帝
モハンマド・レザー・パフラヴィーはイラン最後の皇帝ですw
1919年10月26日カージャール朝の軍人 レザー・ハーンの子としてテヘランに生まれますw
1925年父が レザー・シャー・パフラヴィーとして即位し パフラヴィー朝を開くと
その皇太子となっちゃうんですよw
第2次世界大戦中の1941年ドイツに傾斜した為にイギリスとソビエト連邦のイラン共同進駐を
招き退位した父に代わり即位します!この時22歳でしたw
1953年石油国有化を進めて国民の人気を集めたモハンマド・モサッデク首相を皇帝権力への
脅威と見なしCIAとMI5の支援を受けて軍事クーデター(アジャックス作戦)を起こして打倒
皇帝専制体制を確立しちゃうんですね!!……以外と策士……
モハンマド・レザーは親米路線の元で近代化・工業化を行う「白色革命」を提唱し押し進め
女性解放の為に伝統的なベールを着ける事を禁止する等改革を推し進めてますw
また秘密警察や情報機関を使いイスラム原理主義組織を弾圧するけど急進的な近代化政策と
その元になった脱イスラム的な性格がホメイニーらイスラム法学者の反発を招いちゃうんですw
70年代後半には近代化政策が破綻して国民の反皇帝運動を抑えられなくなって
1979年1月ついに退位して国外に亡命しちゃいます…
その後癌の治療の名目でアメリカに移るけど怒った学生達が1979年11月4日に
テヘランのアメリカ大使館に乱入し占拠し52人の大使館員とその家族を444日の間
人質に取るという事件が起きてます… テヘラン米大使館事件…
この事件によりアメリカとイランの関係は決定的に悪化しますw
1980年7月27日亡命先のエジプトのカイロで失意の中死去しました…享年61歳…
|