ムハンマド・アリー朝エジプト王国実質最後の国王1920年2月11日カイロ生まれイギリスのウリッジ軍事アカデミーに学びます!即位当時は若くて聡明な君主として国民の人気を集めたんですけど第2次大戦が終わり 戦争協力を求める英国の圧力が弱まると専制化して行くんですw 反宮廷派を排除して政治の混乱を招きくんですけど収拾できぬままエジプト王国は立憲君主制をひいて 議会を設置し緩やかな近代化を目指すんですけど大戦前後からパレスチナ問題の深刻化や1948年〜 49年のパレスチナ戦争(第一次中東戦争)でイスラエルに敗北や経済状況の悪化・ムスリム同胞団など 政治のイスラム化(イスラム主義)を唱える社会勢力の台頭によって次第に動揺していくんですよw さらにファールーク1世は夜な夜な欧州のナイトクラブやカジノに通い大豪遊しちゃってます… そんな彼のライフスタイルは悪名高いものであったんでいつしか人気はガタ落ちしてました… 1952年ナセル率いる「自由将校団」のクーデタ(エジプト革命)により退位w その後イタリアに亡命し1965年3月18日享年45歳ローマで亡くなってます! ちなみにエジプト王国なんですが…
ファールーク1世亡命後その皇太子フアード2世が生後6ヶ月で傀儡として即位! しかし翌年1歳6ヶ月で廃位されて亡命先フランスで成長したそーですw http://info-regenten.de/regent/regent-d/pictures/fuad2.jpg フアード2世 |
最後の皇帝
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