ティーボーはコンバウン朝ビルマ(現ミャンマー)第11代にして最後の王
1858年に父王 ミンドンの第一王子としてマンダレーで誕生します!
この頃ビルマは最大範図を作りあげるけど結局はイギリスが支配してたインドと国境を接し
ビルマとイギリスはどんどん対立を深めていたんですよ!!
そんで起った第1次・第2次英緬戦争に大敗したビルマはイギリス軍に占領統治されます…
ティーボーは幼い時から 仏教修道院で一生懸命勉強したんですよ!
父王ミンドンはティーボーを彼の名前をとったティーボーの北州の王子にしましたw
その後ティーボーは1878年に王として即位しました!!
でも実際はイギリス軍の統治下だったんで何にも出来ない状態だったんですよ…
でもイギリス軍からの完全独立を密かに画策するんです……
そしてついに1885年第3次英緬戦争勃発!!…呆気なく王都マンダレーは陥落しちゃうんです!
戦後1886年イギリス軍はティーボーがイギリスとの和平条約から手を引き第3次英緬戦争を
起した圧制者だったと言う口実を使って英領インドに併合しちゃうんです…
イギリスは 1824年に始まったビルマ征服を完全に完了しちゃったんですよぉ…
これによりティーボーは退位しコンバウン王朝の支配は11代134年で終焉を迎えるんです…
ティーボーと家族は 英領インドに追放されました…そこで彼らは隔離された生活を送ります…
1916年12月19日58歳で心臓発作により亡くなりました…
|
マタ。来ます。
2006/3/30(木) 午前 10:08
ゼヒゼヒ お越しをw
2006/3/30(木) 午後 0:45