『母を訪ねて3000円』

歴史って見る角度を変えると面白いかもよぉ♪『最後』に拘る♪

幕末の女性

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木戸 松子

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木戸松子は幕末の維新三傑「桂小五郎(後の木戸孝允)」の正妻

天保14年(1843年)に誕生してますw

父は若狭国小浜藩士木崎市兵衛で母は小浜藩医師細川太仲の娘末子ですw

名は「計(かず)」で号は「翠香院」なんですw

京都三本木(現京都市上京区三本木通)の芸者「幾松」としても知られてますよね!

実家である木崎家が生活苦になっちゃったんで公家サンの九条家の諸太夫の難波家

次男難波恒次郎の養女となるんですよ!!

でも養父恒次郎が享楽に耽り遊ぶ金が底をついちゃったんですよ…

そんで三本木の芸者にさせられ「2代目幾松」を名乗らされるんです!
そんなこんなで文久元年(1861年)頃に桂小五郎と出会ったみたいですよw
元治元年7月19日(1864年8月20日)の「禁門の変」以降は長州藩が朝敵とされて

幕府に追われる身となって隠れ潜んでた桂によく握り飯を持ってったみたいですw

それとか新撰組局長近藤勇に桂の居場所を聞かれた事もあったみたいなんです…

明治維新後に桂の正妻となり「木戸松子」と名乗ってます!

明治10年(1877年)5月26日西郷隆盛が起こした西南戦争の最中に夫孝允が病死します…

そんでもって尼となり「翠香院」と称したんですw

木戸家は義妹治子(夫孝允の実妹)と来原良蔵との間に生まれた次男孝正が継いでますw

明治17年(1884年)の華族令施行で夫孝允の功績により養子孝正は侯爵に叙されます!

明治19年(1886年)4月10日に享年44歳で死去しました…

ちなみに…上画像は和装の松子サンで下画像は洋装の松子サンですwとっても綺麗ですw

閉じる コメント(6)

「新撰組局長近藤勇に桂の居場所を聞かれた」か、かなり、きわどい時をあったんですね。

2006/10/17(火) 午後 10:29 [ - ]

京都の芸子サンだけに「知らんどすえ」とか言ってノラリとかわしたんでしょうね…(笑)

2006/10/18(水) 午後 7:15 まるこ

幾松サン、アッパレですね♪でも、晩年の桂は欝っぽかったらしいので、大変だったでしょうね。

2006/10/18(水) 午後 8:07 よう

そうですね…盟友の西郷の事とか難題山積でしたからね…

2006/10/19(木) 午後 11:52 まるこ

顔アイコン

西郷隆盛が起こした西南戦争を予言したのは木戸孝允がスカウトした村田 蔵六(のちの大村益次郎)なんですよ。

2006/11/5(日) 午後 5:49 [ kag*tor*15*9200* ]

でも…「武断⇒文治」は世の常なんでしょうね…西郷サンとはやっぱし根本で違うものがあったんでしょうね…起るべくして起きたのが“西南戦争”なんでしょうねw

2006/11/7(火) 午後 2:49 まるこ


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