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義姉大谷籌子裏方(大谷光瑞夫人)を助けて仏教婦人会を創設しますw 明治42年(1909年)男爵家出身で正金銀行勤務の九条良致と22歳で結婚しますw 夫良到の実家は九条公爵家の分家筋なんですよw 夫良致自身は生涯正式な華族制度に基づく襲爵手続きをしていないんです…一般人… 大谷家の代々の宗主の娘で僧籍のない者に嫁いだのは武子が最初といわれてるんですよ! 武子は結婚後良致の勤務先兼留学先(ケンブリッジ大学)・ロンドンに随行してますw でも…渡英1年半で武子が先に帰国し良致は英国滞在という別居状態が10数年続きます…美貌・教養・家柄(実家の大谷家は伯爵位)の誉れ高き武子に良致が馴染めなかったからじゃないかとか夫婦不和の憶測もあったけど武子は離婚どころか浮いた話一つ無かったんですよ! 明治44年(1911年)に義姉籌子が30歳の若さで死去の際は本部長に就任したんです! そんで24歳で仏教婦人会運営の重責を果たしたんですよw 仏教主義に基づく京都女子専門学校(現京都女子学園・京都女子大学)を設立します!! 歌人で国文学者の佐佐木信綱に師事し和歌にも長けてたんですw 歌人としても『金鈴』『薫染』などの歌集を出版してるんです! 才色兼備ぶりは柳原白蓮(大正天皇生母柳原愛子の姪)と江木欣々らと【大正三美人】と称されますw大正9年(1920年)年末に良致が帰国し夫婦同居がやっと実現したんですよwなお武子と良致の間には子供はいなかったんです!! 大正12年(1923年)9月1日に起った関東大震災で武子自身も被災し一命を取りとめます…そんで全壊した築地本願寺再建や震災による負傷者・孤児の救援活動等様々な事業を推進!「あそか病院」などの設立もしたんですよw 昭和2年(1927年)7月に出版された随筆『無憂華』の中に愛唱されてる仏教讃歌の「聖夜」が収められてるんですよ!!「聖夜」の作曲は作曲家中山晋平(1887〜1952年)なんです!歌詞は七五調で構成されてて夜空に輝く美しい数多の星のようにおわする仏達に護られて生きてる事の歓喜と安らぎが表現されてますw
昭和3年(1928年)2月7日に東京にて享年42歳の若さで死去します…震災復興事業での奔走の無理がたたり敗血症発症に罹って念仏のうちに往生しました…宗門では九条武子の命日を“如月忌”と呼んでるんですよ!! 関東大震災を経て自身の死まで武子は貞操・家庭を守ったんですよw
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幕末の女性
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