『母を訪ねて3000円』

歴史って見る角度を変えると面白いかもよぉ♪『最後』に拘る♪

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阿蘇 惟敦

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阿蘇惟敦は幕末の第87代目の阿蘇神社大宮司

文政12年(1829年)に阿蘇神社大宮司阿蘇惟治の子として誕生しますw

本姓は「宇治姓」で林有通・佐々木弘綱に国学を学んだんですよ!

父惟治も林有通に国学を学び真木和泉らと勤皇運動に身を投じたんですよ!

明治4年(1871年)に阿蘇神社は国幣中社に列します!!

明治10年(1877年)に父惟治が享年70歳で死去します…

明治17年(1884年)の華族令施行により男爵となるんですw

その際に正五位・権少教正の官位を叙任してます!

明治23年(1890年)に阿蘇神社は官幣中社となります!!

明治26年(1893年)に熊本にて享年64歳で死去します…

大正3年(1914年)に阿蘇神社は官幣大社に昇格しました!

ちなみに…「官幣大社」は神社の社格の最高位です!
官幣大社⇒国幣大社⇒官幣中社⇒国幣中社⇒官幣小社⇒国幣小社⇒別格官幣社の順なんですw
余談ですが…【伊勢神宮】は唯一別格とされ官幣大社より格上とされました!

阿蘇神社は火山信仰と開発神とが結合したと言われる「健磐竜命」を祭神としてます!阿蘇氏はこの祭神の後裔と言うけど「古事記」には神武天皇の皇子神八井耳命は阿蘇君らの祖とあり祭神は神八井耳命の子とも伝えられてます!!早くから神主でそんで同時に阿蘇国造として祭政一致の小君主に発展したんです!平安時代に「宇治姓」を名乗り阿蘇谷を開拓して私営田領主に成長します!延喜年間に宇治友成が阿蘇神社大宮司となって以来代々阿蘇神社大宮司を世襲したんです!その後勢力を増して南北朝時代以降戦国時代に至る大名に発展しるけど内部紛争を繰り返したんです…天正13年(1585年)薩摩島津家の侵攻により降伏しちゃうけど九州征伐後豊臣秀吉に保護を求めちょっとの領地を与えられ阿蘇神社大宮司としての地位も認められたけど大名としての一切の特権は剥奪されたんです…慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦い後に加藤清正・その後は肥後藩細川家等の庇護の元で現在に至るんですよw

閉じる コメント(2)

22代目阿蘇さんは梅竹一揆に加担した罪で斬首されるんだよね

一揆のときは11歳・・翌年、斬首で享年12歳

加担が本当でも本人の意思でないだろうに惨い話

殺すための口実としか思えない

弟が23代目で現代まで続くのは凄いです^^

(o ̄∇ ̄)σ[トラバ・傑作]ポチ☆

他記事は以前コメしてるんでトラバだけで失礼します^^

2010/6/13(日) 午後 8:32 [ - ]

皇室以外で100代近く続くとは本当に凄いですよね!!世界的にも凄い事だと思います!!でも…梅竹一揆の時は断絶の危機でしたが…

2010/6/14(月) 午後 4:30 まるこ

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