『母を訪ねて3000円』

歴史って見る角度を変えると面白いかもよぉ♪『最後』に拘る♪

名家のその後(幕末)

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観世 清孝

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観世清孝は幕末から明治期の能楽師で観世流22世宗家

天保8年(1837年)に観世流21世宗家観世左近清長の子として誕生しますw

天保13年(1842年)に父清長が死去します…

その後を受けわずか5歳で家督を継ぎ観世流22世宗家観世左近を襲名します!

慶応3年(1867年)に長男清廉(後の観世流23世宗家)が誕生しますw

明治2年(1869年)徳川家達に随従して静岡に移り住むんです!

元々旧幕府の儀式芸能となってた「能」は維新後廃絶の危機に瀕したんです!!

明治5年(1872年)に能・狂言の「皇上ヲ模擬シ上ヲ猥涜」すると禁止されます…

そんな訳で生活は貧困を極めてたんですよ…

明治6年(1873年)に次男元義(後の7代片山九郎右衛門)が誕生しますw

そんな中で新政府の岩倉具視らは日本にも外国要人を持成す為の西洋のオペラのようなものが必要と考えて「能」を復興させる事にしたんですよ!!

明治10年(1877年)東京での能楽再評価の流れに合わせて上京します!!

しばらくは湯島天神下の知り合いの元に身を寄せてたんです…
でも…この間初世梅若実・5世観世銕之丞(観世紅雪)らが東京で能の復興に尽力してたんです!
この為に免状発行権を巡って紛争が生じちゃうんですよ…

この紛争は結局ドロ沼化しちゃうんですよ…

明治44年(1921年)の梅若流創設迄続いたんですよ…

明治21年(1888年)に東京にて享年51歳で死去します…

その後長男清廉が21歳で宗家家督を継ぎます!

長男清廉はまだ若かったんで以前免状で揉めた観世紅雪が後見に立つんですw

芸祖は【観阿弥】です!!その子の世阿弥が室町幕府3代将軍足利義満の寵愛を受けて「能」を大成したんです!流内の名家としては観世宗家・分家観世鉄之丞家(鉄仙会を主宰)・さらにその分家である観世喜之家(九皐会を主宰)・梅若六郎家(本家)・梅若万三郎家(分家)・江戸期以来禁裏御用の能楽師として盛名を馳せた片山九郎右衛門家・家元直系でありつつ観世流の古風を残す橋岡家等が挙げられます!

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