徳川徳松は上野国館林藩の第2代目(最後)の藩主
江戸幕府5代征夷大将軍徳川綱吉の長男なんですよ!
延宝7年(1679年)5月6日に館林藩主徳川綱吉の長男として誕生しますw
お母サンは小谷正元の娘瑞春院サンですw
延宝8年(1680年)5月8日に伯父4代将軍徳川家綱が享年40歳で死去します…
伯父家綱には跡継ぎがいなかったんで父綱吉が5代将軍に就任しますw
このため館林藩を僅か1歳で将軍世子の身分のまま継いだんです!
天和元年(1681年)11月15日に父綱吉が徳松の健康を祈願しますw
これが「七五三」の祝いの始まりとされていますw
天和3年(1683年)閏5月28日に享年4歳で死去します…
法名は「浄徳院殿霊岳崇心大童子」で墓所は東京都港区の増上寺です…
これにより館林藩25万石は廃藩となり館林城は破却されるんです…
★☆★ちなみに…下画像は父5代将軍徳川綱吉です!決して徳松じゃありません!★☆★
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大河の「吉宗」で 綱吉が子供を亡くして歎くシーンは印象的でした
子宝に恵まれていたら 生類憐れみの令もなかっただろうなぁ
七五三の由来 初めて知りました^^
(o ̄∇ ̄)σ[ランクリ・傑作]ポチ☆
2010/2/21(日) 午後 2:50 [ - ]
権力者が後継を失うとダメになっちゃうケースって以外に多いのかもしれませんね…自暴自棄になっちゃうんでしょうか…豊臣秀吉の鶴松が亡くなった後くらいでしたか…朝鮮出兵…ってか既に予定されてたのかもしれませんね!徳川綱吉の治世前半は「名君」と言える程の善政でしたが…これ以降は「生類憐みの令」にはじまる「悪政」になってくんですよね!
2010/2/21(日) 午後 11:27