『母を訪ねて3000円』

歴史って見る角度を変えると面白いかもよぉ♪『最後』に拘る♪

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パリス

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パリスは都市国家イリオス(トロイア)最後の王子

イリオス(トロイア)王プリアモスヘカベとの間に生まれました!
出生時の名前アレクサンドロスって言われてますw
「パリスの審判」でイリオスに戦乱(滅亡)をもたらしたことで知られてますw
長兄にイリオスの英雄ヘクトル・妹に悲劇の予言者カッサンドラがいますw
アレクサンドロス(後のパリス)の出産の際母ヘカベは自分が燃える木を生んで
それが燃え広がってイリオスが焼け落ちるという夢を見たんだそーですw
ヘカベが夢占師にこの夢のことを話すと「この子は災厄の種になる」と言い殺す事を勧めたんです!
そこでプリアモスは家臣にアレクサンドロスを連行して殺すように命じちゃうんです!!
家臣はアレクサンドロスを殺すに忍びずイデ山に捨てちゃいます…

捨てられた子は羊飼いに拾われてパリスと命名されて育てられたんですよ!!

成長したパリスはニンフのオイノネを妻としイデ山で羊飼いをしてたんですw
後にプリアモスの子であることが明らかとなって後に王宮に迎えられるんですw
ある日イデ山にいたパリスのもとにヘラ・アテナ・アプロディテの3人の女性がやって来て
誰が一番美しいか判定させようとした(パリスの審判)んですよw
パリスはこの世で一番美しい女を妻にくれるというアプロディテが最も美しいとしたんです!!!

                http://ja.wikipedia.org/upload/thumb/a/af/Troy_Ac.jpg/275px-Troy_Ac.jpg 旧トロイ市

アプロディテは船を作ってスパルタに赴きヘレネをさらって妻にするようにと命じたんです!
パリスは言われた通りに実行し妻オイノネを捨ててヘレネを妻にしたんですw
そこでヘレネの夫メネラオスとその兄アガメムノン達はヘレネを取り返すべく
ギリシア中の英雄を募ってイリオスに攻め寄せたんです!10年に渡るトロイア戦争です!!
これらの英雄は元々ヘレネに結婚を申し込んだ男達だったんです(アキレウスは例外)…
ヘレネの父テュンダレオスは彼らの中の誰をヘレネの結婚相手に選んでも
それ以外の男達の恨みを買う恐れがあったんであらかじめ
「誰が選ばれるにしてもその男が困難な状況に陥った場合は全員がその男を助ける」
という約束をさせてたんですよ!

トロイア戦争においてパリスは得意の弓でアキレウスを仕留める等して活躍したんですw
でもヘラクレスの弓を持つピロクテテスに弓で射られ瀕死の重傷を負っちゃいます!
この傷を治せるのは昔捨てた前妻オイノネだけだったんです……?
なのでパリスはイデ山に行きオイノネにすがるけど拒絶されちゃいます…

失意の中イリオスに戻る途中でパリスは死んでしまうんですよ…

オイノネは後悔してパリスに追いつこうとするけど既に死んでしまった後だったんで
彼女は自殺して果てたと言います…

これで都市国家トロイアは滅亡しちゃいます…

2004年公開の映画トロイでオーランド・ブルームが演じてました!!
ちなみにアキレウス役はブラッド・ピットが演じてましたねw
興味を持った人は今すぐレンタルしてみよー!!

ダレイオス3世

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ダレイオス3世はアケメネス朝ペルシア帝国の最後の王

ダーラヤワウ3世とかダーラヤワウシュ3世とも言われてますw
宮廷陰謀により王位継承適格者が相次いで死去しちゃって王族の傍系だった彼が即位して
伝統的アケメネス朝王名であるダレイオス(良き物を保持する者を意味する古代ペルシア語)を名乗る!!
即位前の初名はギリシア側の伝承からコドマンノスと伝えられてたけど…
近年になってバビロンから発掘された天文日誌によって

古代ペルシア語の本名はアルタシャタであることが明らかになったんです!

仮に本名で即位するとギリシア語でアルタクセルクセス4世と呼ばれてた筈な訳なんです!


紀元前334年からのマケドニアより侵攻したアレクサンドロス3世軍にその国土を侵されます!!
ダレイオス3世自らが率いるペルシャ帝国軍10万でマケドニア軍に挑むけど…
散々に敗走します!………イッソスの戦い
その時母・妻・娘を捕虜にされちゃってます…
その後一旦は矛先をエジプトに変えたアレクサンドロス3世だけど
紀元前331年再びペルシャへの侵攻を再開するんです!!
ダレイオス3世も威信回復の為ペルシャ帝国全勢力(20万とも30万)をもって挑むけど…
チグリス川上流のガウガメラの戦いで敗北しカスピ海東岸に逃走しちゃうんです…
ペルシャ帝国の中枢に乱入したギリシア軍はバビロンやスーサの主要都市を略奪し
ペルセポリスを徹底的に破壊して焼き払っちゃうんですよ……

紀元前330年逃走中に王族で側近でもあったベッソスに殺害されペルシア帝国は滅亡

アレクサンドロス3世はベッソスの不義不忠を糾弾して
これを攻め滅ぼしダレイオス3世の遺骸を丁重に葬るんです…

ポニャー・ヤット

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ポニャー・ヤットはガンボジア・クメール王朝最後の第35代皇帝

スレイ・ソリヨヴォン2世の嫡男として1421年に誕生して10歳の時に即位しましたw
クメール王朝はアンコール王朝とも言われ現在の東南アジアにあった王国で
現在のカンボジアの元となった国なんですよね!
これより以前にあったチェンラ王国の流れを受け継ぐ王国でその勢力が最大化したときは
現在のタイ東北部からラオス及びベトナムの一部をも領有してたんです!!
アンコール遺跡をはじめとする一連のクメール遺跡等はこの王朝による建造物で有名ですよねw
アンコール・トムを首都としてたんですよ!
宗教的には13世紀に上座部仏教がインドシナを掌握する迄ヒンズー教大乗仏教
混じった宗教が信仰されてたんです…

                http://ja.wikipedia.org/upload/0/0e/Ankor_wat.jpg アンコール・ワット

でもポニャー・ヤットが即位したこの頃の情勢はかなり厳しいものがありました…
実はシャム人の興したアユタヤ朝の進入を度々受けその存在を侵され始めてたんです……
一度は捕らえられたこともあったんです!!
しかしアユタイ王朝の侵攻を食い止める事が出来なくなっちゃうんですよ…

そんで……ついにアンコールを放棄するに至っちゃうんです…

現在のプノンペンに避難するんですが…これをもってガンボジア・クメール王朝は終焉を迎えますw
ポニャー・ヤット自身の業績としては6つの仏教修道院の建設を命じたくらいです…
その後46歳で亡くなっちゃてます…

ちょうどこの頃日本では応仁の乱が勃発し永い戦国時代に突入してくんですよ!

……ちなみに画像はアンコール・ワットを築いたジャヤーヴァルマン7世ですw
クメール王朝は全盛期を迎えるけど民心離反や財政破綻により王朝は衰退してくんです!

アレクサンドロス3世

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アレクサンドロス3世はテメノス朝古代マケドニア王国最後の国王

後世ではアレクサンダー大王と呼ばれてますw

紀元前356年7月マケドニア王フィリッポス2世エピロテ王女オリンピアスの間に生まれて
幼年期哲学者アリストテレスを家庭教師に迎えギリシアの基礎的な教養を身につけたんです!
紀元前338年アレクサンドロスは一軍の将として父に従いギリシアに出兵し
カイロネイアの戦いでアテナイ・テーバイ連合軍を破りますw
父フィリッポス2世は全ギリシアの覇権を握ると続いてペルシャ東征を
計画したけど紀元前336年に暗殺されちゃいます…
20歳でマケドニア王位を継承したアレクサンドロスは敵対者を排除しマケドニアを掌握すると
父王暗殺後に混乱に陥っていた全ギリシアに再び覇を唱えちゃうんですよ!!
ギリシアの諸ポリスと同盟したアレクサンドロスは父の遺志を継いで紀元前334年に
ギリシア軍を率いてペルシャ東征に出発するんですね!!
紀元前334年小アジアに渡ったギリシャ軍1万8千はグラニコス川の戦いでミトリダテスの
率いるペルシャ軍4万と対峙するけど派手な甲冑を身に纏ってたアレクサンドロスは騎兵の
先頭に立ち自ら馬を駆って突進して敵将ミトリダテスを投げ槍で仕留めたんですw
この印象的で鮮やかな勝利でアレクサンドロスは味方将兵の信頼を得ると共に敵に対しては
計り知れない恐怖心を与えることになったんです…
カリスマ性を帯びたアレクサンドロスに率いられるギリシア軍は小アジアに駐屯するペルシャ軍を
蹴散らしながらどんどんと東進を続けて行くんですw
翌年ついにアレクサンドロスはアンティオキアの北西イッソスにおいて

ダレイオス3世自らが率いるペルシャ帝国軍10万と遭遇(イッソスの戦い)します!

アレクサンドロスは騎兵とファランクスを縦横無尽に指揮してペルシャ軍を敗走させ
ダレイオス3世の母・妻・娘を捕虜にしちゃいます…
この時ペルシャから和睦の申し出を受けるけどこれを拒否しさらに進軍を続けちゃうんです!
アレクサンドロスはシリアフェニキアを屈服させ南下してエジプトに侵入します!
紀元前332年エジプト人に解放者として迎え入れられたアレクサンドロスは
アレクサンドリア市を建設しファラオとして認められアメン神殿にその像を祭られちゃうんですw
この地で将兵に充分な休養と補給を施したアレクサンドロスはペルシャ帝国への遠征を再開します!!

               http://plaza.umin.ac.jp/%7Eterochan/iraq/photo/babylon2.jpg バビロン

紀元前331年ギリシア軍4万7千はチグリス川上流のガウガメラで20万とも30万とも言われた
ダレイオス3世指揮下のペルシャ軍を敗走させちゃいます(ガウガメラの戦い)w
ダレイオス3世がカスピ海東岸に逃れるとペルシャ帝国は最早風前の灯火となり果てたます!!
ペルシャ帝国の中枢に乱入したギリシア軍はバビロンやスーサの主要都市を略奪し
ペルセポリスを徹底的に破壊して焼き払っちゃうんですよ……
翌年ダレイオス3世が王族で側近であったベッソスによって暗殺されるとアレクサンドロスは
ベッソスの不義不忠を糾弾してこれを攻め滅ぼしダレイオス3世の遺骸を丁重に葬るんです…

ペルシャ帝国を征服したアレクサンドロスは次にインドへの遠征を目指します!

紀元前327年にインダス川を越えてパンジャブ地方に侵入しインダス川を南下し
更にインド中央部に向かおうとしたけど部下が疲れを理由にこれ以上の進軍を拒否したんで
やむなく翌年に兵を返すことにしたんです……
その後アレクサンドロスは残存する敵対勢力を駆逐しながら紀元前323年にスーサに帰還w
バビロンに戻ったアレクサンドロスはアラビア遠征を計画してたけど
ある夜の祝宴中に突然倒れ10日間高熱にうなされ
紀元前323年6月10日『最強の者が帝国を継承せよ!!』と遺言し死去…享年33歳…
残された大帝国はアレクサンドロスの後継者を名乗る6人の諸将 ―――
アンティゴノス・プトレマイオス・エウメネス・カサンドロス・リュシマコス・セレウコスによって
ディアドコイ戦争が勃発しついには分裂してしちゃうんです…
彼の妻と子アレクサンドロス4世はディアドコイ戦争の混乱期に殺されてしまうんです…

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