『母を訪ねて3000円』

歴史って見る角度を変えると面白いかもよぉ♪『最後』に拘る♪

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小堀 正快

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小堀正快は幕末の直参旗本

そんでもって遠州流茶道の第10代目家元

戦国時代に茶人・建築家・造園家としても名を馳せた大名小堀遠州(政一)の嫡流子孫ですよ!!
安政5年(1858年)父正和が46歳の時に江戸屋敷で長男として誕生しますw

幼時より祖父政優と父正和より茶法をみっちりと伝授されてます!!

元治2年(1865年)7歳の時に父正和が享年53歳で死去し小堀家の家督を相続します…

慶応3年(1868年)にはついに戊辰戦争が勃発しちゃいます!!

そんな中で慶応3年(1868年)6月24日に祖父政優が享年82歳で死去します……

10歳で小堀家の茶道頭和田晋兵衛と共に研鑽を重ね遠州流の祖小堀遠州以来の茶法に通じて

「点法書」を記してその茶法を伝承してるんですよ!!……10歳ですよ!

明治元年(1868年)11歳の時に明治維新を迎え家禄を失ってちゃいます…

茶道界も一時衰退状態となったけど枢密顧問官石黒況翁の勧めで小堀家に伝承された

流祖以来の茶道を一般に公開相伝する決意をし遠州流茶道普及に専心したんですよw

明治14年(1881年)第2回観古美術会開催には佐野常民伯爵の依頼もあり小堀家伝来の

器財を展観し臨席された親王殿下・妃殿下などに御茶を供し茶道を披露し名声を博します!!

このころは「宗有」や「瓢庵」と号してます!!

明治21年(1888年)31歳の時に嫡子正徳が誕生しますw

明治42年(1909年)4月23日に東京にて享年52歳で死去します…


小堀氏は藤原氏秀郷流と伝えられてます!!左近将監光道のとき近江国坂田郡小堀村を領し「小堀氏」を名乗るようになります!!近江小室藩祖は小堀政一(小堀遠州)で政一の父正次は浅井長政・豊臣秀吉に仕え慶長5年(1600年)の「関ヶ原の戦い」では東軍に与して功を挙げたんで戦後に備中松山藩1万4460石の所領を与えられたんですよw第6代目藩主(第7代目家元)政方は伏見奉行などを歴任しさらに老中として権勢を振るった田沼意次に対して協力的な態度をとったんで田沼時代末期の天明5年(1785年)に失脚し天明6年(1786年)に田沼意次が失脚すると親田沼派大名だったんで田沼派の徹底的な粛清を図る新老中松平定信によって天明8年(1788年)に改易され近江小室藩は廃藩となっちゃうんですよ…文政11年(1828年)に第6代目藩主だった第7代目家元政方の甥小堀政優が300俵を与えられ小堀家は旗本として再興されたんです!!よかったw

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