第3代当主今川泰範の嫡男として1364年(正平19年/貞治3年)に生まれてます!
官位は民部大輔で上総介なんですw
1409年父泰範の死により家督を相続するんです!
でも父泰範の没年に異説が多くてそれ以前に家督を継いだとも考えられてるんですw
1416年に上杉禅秀の乱が起こると上杉氏憲(禅秀)の攻撃を受けて鎌倉から
逃亡してきた鎌倉公方足利持氏を保護してます!
そして室町幕府第4代将軍足利義持の命を受けて軍を率いて上杉房方らと共に鎌倉に攻め入り
禅秀らを討って乱を平定してます!!
その後将軍の代が替わり足利義教の治世になると範政は義教から寵愛を受けて重用されるんです!
鎌倉公方持氏と将軍義教との対立が深まったときは鎌倉の監視役を務め居館を駿府に移したんです!
今川家の居館は駿府城四足御門辺り(静岡市立病院付近)と言われてるけど確定するものは無いんです!
1432年には富士山を遊覧しに来た将軍義教を駿府にて饗応してるんですw
でも最晩年に末子 今川千代秋丸を溺愛して家督を譲ろうとしたんで
これが原因で千代秋丸と次男今川範忠の間で熾烈な家督争いが発生しちゃうんです…
この争いの最中失意のうちに 1433年5月27日に死去してます……享年70歳……
結局家督は幼少の千代秋丸が継ぐ事で鎌倉公方の干渉を受けるのを恐れた義教の裁定によって
成人してた範忠が継承する事になったんですね…法号は『今林寺慶岳道賀』
武将としては一流で禅秀の乱をはじめ多くの功績を挙げてる一方で
和歌や書にも秀でた才能を示した教養人でもあったんです!
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