今川 氏輝は駿河今川家8代目当主
永正10年(1513年)今川氏親の嫡男として誕生w 駿河の戦国大名!!
弟に 今川彦五郎・玄広恵探・今川義元等がいます!
父氏親の死で家督を継いだけどその時はまだ 14歳という若さだったんです!
でも母寿桂尼の補佐を受けて彼自身も聡明だったんで
その政権基盤は無難にして磐石なものだったと言われているんですよ!
氏輝は家臣団編成で初めて「馬廻衆」を創設したり領国においての流通を重要視して
商人を積極的に保護したり等内政・軍事共に大きな結果を残してるんです!!
でも1536年5月17日三河侵攻の準備を整える最中24歳の若さで急死しちゃいます…
同じ日弟で二男彦五郎も死んでるんです…
この突然死は諸説があり一説では毒殺説も浮かんでます…
この2人の死は何を意味するかについて残された資料は無くって全くの謎なんです!
若くしてこの世を去った氏輝には後継ぎがいなかったんです……
この死が後に起こる今川義元とその兄玄広恵探による家督相続争い「花倉の乱」へと繋がるんですよ…
ちなみに母寿桂尼は聡明且つ猛女で自ら公的文書を発給する程で「女戦国大名」の異名を持ちます!
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