『母を訪ねて3000円』

歴史って見る角度を変えると面白いかもよぉ♪『最後』に拘る♪

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東坊城 徳長

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東坊城徳長は明治期の公卿

明治2年5月17日(1869年6月26日)に大学頭東坊城任長の子として京都で誕生w

幼名は「信丸」で官位は正三位・勲三等なんですよ!

明治17年(1884年)8月8日の華族令施行により15歳で子爵に叙されます!

明治35年(1902年)先祖菅原道真を祀る「大田神社奉賛会」の東風会会長を務めますw

明治39年(1906年)に37歳で宮中に仕えます!

そんで御製取調掛・掌典・明治天皇御製臨時編纂部員・御歌所参候・御歌会始奉行等を歴任!!

明治44年(1911年)に子爵議員として貴族院議員に就任し研究会に属すんですw

明治44年(1911年)には42歳で隠居し後を嫡子政長が継ぎますw

大正11年(1922年)8月8日に東京にて享年53歳で死去します…

大正12年(1923年)9月1日関東大震災で屋敷は半壊し手放す事になります…

女優入江たか子(本名:東坊城英子)サンは長女で監督・脚本家東坊城恭長は息子ですw

同じく女優の入江若葉は孫に当るんですよw
東坊城家は「菅原道真」の末裔で高辻家五条支流の流れを汲む公家です!五条為経の次男茂長を祖とし
ます!!家格は半家で極官は室町時代の東坊城益長(1407年〜1474年)以降は代々『文章博士
』・『大学頭』・『少納言』・『大蔵卿』等を経て『権大納言』を極官とするんですよ!家業は紀伝道で
代々天皇の侍読を務めてたんですよw歴代当主の中には漢学の才を認められ改元の際の新年号の候補
及びその出典を記した「年号勘文」の提出者となった者も多いんですよ!!ちなみに…東坊城家は高辻家
から見ると本来ならば庶流扱いなんですよね…でも…東坊城家の女子からは勾当内侍(掌侍筆頭)を多く
輩出してて同家からは氏長者も出した実績があるんで逆転した感があります…更に幕末の正二位権大
納言東坊城聡長(徳長の祖父:1799年〜1861年)は武家伝奏に任じられてるんですよ!その実
績もあって江戸時代の家禄は菅原氏出身の堂上家で最高の300石なんですよ!

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