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現在の長野県上水内郡信濃町大字柏原なんですよw でも…継母と全然馴染めなくて江戸へ奉公に出るんです!! 寛政5年(1793年)から寛政11年(1799年)迄近畿・四国・九州を歴遊しますw 「俳諧の修行」がその理由だったんです… 再び江戸に戻り俳諧の宗匠を務めながら遺産相続権を主張し続けました! そんな争う程の財産があったのか…とっても疑問で仕方ないです… 文化10年(1813年)50歳でまたまた故郷に帰ります! 文化12年(1815年)に28歳のきくサンと結婚します!22歳の年の差です!! そんで3男1女を儲けるけど子供たち全員が幼くして亡くなっちゃたんです…文政7年(1824年)奥サンきくが痛風が原因で37歳で死去します…その後に2番目の奥サンを迎えるけど…2ヶ月で離婚します…そんで3番目の妻やをサンと結婚します! 文政10年(1827年)閏6月1日柏原宿で大火事があり自宅が消失します! 娘のやたサンは父親一茶の顔を見る事なく成長し明治まで生きたんです! そんで一茶の血脈を後世に伝えました! 真田幸村研究の第一人者として知られる小林計一郎サンはその子孫ですw 【やせ蛙 負けるな一茶 これにあり】 これがまるこが一番好きな一茶の句なんですよw |
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2007年11月19日
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