最後の皇帝
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ジャン=ベデル・ボカサは中央アフリカ共和国の大統領にして中央アフリカ帝国最初で最後の皇帝…「黒いナポレオン」の異名を持つ1921年2月22日生れで初代大統領ダッコの従兄弟ですw当時フランス領だった中央アフリカのムバカ族の首長の子供として生まれてます… 第2次世界大戦中は自由フランス軍の兵士として活躍していますw 中央アフリカ共和国独立後の1969年当時国軍参謀総長だったボカサは 軍事クーデターでダッコ政権を倒し翌年大統領に就任しちゃいます! 独裁政治を開始して1972年には終身大統領を自ら宣言してしまうんですよw 1976年にはついに国名を「中央アフリカ帝国」として 自ら皇帝に即位するという時代錯誤な宣言をしちゃうんですよぉ! 正式の戴冠式は77年12月4日で国家予算の2倍にもあたる2500万ドルを費やして フランスのナポレオン1世の戴冠式を真似たスタイルで「皇帝ボカサ1世」を称しました! 本当はバチカンの大聖堂でローマ教皇に戴冠してほしかったけど断られたんで自国の首都に建設した「ボカサ・スタジアム」で行っちゃうんです…ちなみにこの当時世界で『エンペラー』と呼ばれてた人物はイランのムハンマド・レザー・シャーと 我が日本の昭和天皇だけでだったんです! ボカサはこの2人の『エンペラー』を戴冠式に招待したかったけど丁重に断られちゃってます… 1979年1月反帝政の学生デモが起るけどボカサはこれを武力鎮圧し400人の死者を出します! でも旧宗主国のフランスも帝政打倒を画策…ボカサは新たなる同盟者を求めてリビアに向うけど リビア訪問中の9月20日にフランス軍による無血クーデターで帝政は廃止されてダッコが大統領に 復帰し中央アフリカは共和制に復帰して今に至るんですよw ボカサは亡命後の1986年に帰国し翌年に死刑を宣告されたけど
1993年釈放されて1996年11月3日死去してます…享年75歳… |
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先帝高宗(画像左)と明成皇后閔妃の長男として1874年2月8日年に誕生し 翌年には王世子(世継ぎ)として冊封され1882年閔氏と結婚してます! 1897年大韓帝国成立により皇太子と改称されてるんですw 画像の右側が純宗ですw 1907年7月20日父帝高宗が自ら起こしたハーグ密使事件により日本の意を受けた李完用らに 譲位を迫られ皇太子が即位するが事実上親日派勢力の傀儡に過ぎなかったんですよ… 純宗には子がない為次の皇太子には異母弟の英親王(李垠)が冊立されてます! その4日後に第三次日韓協約で日本は韓国統監府の機能を強化し国政への干渉を始め 立法権・司法権等に干渉出来るようにしてます…8月1日には韓国軍も解散されちゃいます! このため義兵運動に身を投じる軍人が増えて反日義兵闘争が活発化して来んですw 1909年に入ると日韓併合の動きが強まり李完用首相は韓国一進会などの親日派勢力の後押しを受けて 日本政府との間で韓国併合の話を進め1910年8月22日日韓併合条約を調印!! 大韓帝国はこれをもって消滅して日本の朝鮮総督府の支配下に入ちゃうんです… 大韓帝国消滅後の純宗はソウルの昌徳宮に住み日本の皇族に連なる李王として
王族に封じられちゃいます…その後1926年4月25日52歳で死去してます… http://japanese.chosun.com/photo/special/20030716/1.jpg 純宗の国葬 国葬日である6月10日には万歳(マンセー)事件も起こったんですけど 三・一運動ほどは盛り上がらなかったみたいです… |




