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前回は4月か・・・。
半年以上も放ったらかしでしたね。反省。。。
さて、前回は星野仙一について語りました。
現在彼は、北京五輪の代表監督、さらにはその先にGの監督と、
いろいろな噂が常につきまとっております。
これも彼がドラゴンズと袂を分かって、全国へと飛び出して行ったからでしょうね。
名古屋にずーっといただけならきっと、ここまでの存在にはならなかったでしょう。
ドラOBが国民の注目を集めるというのは嬉しいものですが、
しかしドラゴンズを去ってからでないと脚光を浴びないというのはねー。
ドラファンにとっては、何とも複雑な心境ではあります。
さて、今日は落合監督についての考察です。
落合さんは、星野さんと比べると、
「一度ドラゴンズと縁を切ったが、再び戻ってきた」という、
ある意味では対象的な存在と言えるかもしれません。
落合博満という人間を考えるとき、ぼくはまず「プロ意識」という言葉を思い浮かべます。
みなさんも、そんな部分が少なからずあるのではないでしょうか?
選手としてもまず「自分はプロだ」と考え、
その自分を最も高く評価してくれる球団を、自分の働く場とした。
そしてその評価こそが、すなわちお金という事です。
彼のプロ意識は、=お金と考えても仕方ない面はあります。
年俸の交渉で初の調停を利用したのも落合なら、FA移籍の第1号も彼でした。
ドラゴンズからFA宣言をしてGに去って行った時も、その点(お金)については明言していました。
彼に去られた時はぼくも「チーム愛がないのか!?」と非常に寂しく思ったものですが、
今思えば、理由を明言している以上、変に御託を並べられるよりハッキリしてていいと思います。
その彼が、ドラゴンズに戻ってきた理由は何でしょう?
落合は秋田出身、最初に入団したのはロッテだし、現役を引退したのは日本ハム。
ドラゴンズにはあくまで、「所属していた時期があった」というだけ。
名古屋に対してもドラゴンズに対しても、特別な思い入れがあったとは思えない。
信子夫人が「名古屋に恩返しをしなさい」と告げたという後押しもあったのでしょうが、
そもそもそういう情の部分で監督を引き受けるようなタイプには、やはり見えません。
やはりそこには、落合の哲学とも言える「プロ意識」が存在していたのではないかと思います。
ちょうどドラゴンズは星野→山田監督へのスイッチがうまくいかず、
成績の面でも収入の面でも低下傾向にあった。
高木守道氏を次期監督に推す声が強い中、
「殻を破らなければドラゴンズの発展はない」
というオーナーの意向が働き、落合さんに白羽の矢が立ったようです。
当時の落合さんは、臨時コーチの経験こそあるものの、監督経験もなければコーチ経験もなかった。
その彼にチームの再建を託すというのだから、意気に感じた部分もあるでしょう。
しかしそれ以上に、評論家業をしていた落合さんにとって「監督のオファー」というのは、
「野球人」としての自分を最大限評価してくれるもの、と考えたのではないでしょうか?
プロ意識を第一に考えて仕事をする彼にとって、この評価こそが最も大事なのだと思います。
プロ野球監督より評論家業の方がおいしいと考えてるのは、きっと江川さんくらいじゃないかなぁ?
さて、そんなこんなでドラゴンズに帰ってきた落合さん。
その後のドラゴンズの活躍は、ここで言うまでもありませんね。
しかし落合監督の全てが肯定されるべきものでもありません。
現に、チームがこれほど強くなった今でもドームが満員にならないというのは、
もちろんいろんな原因もあるでしょうが、落合監督自身に問題があるのも事実でしょう。
落合監督の問題点とは何か?
それは、星野さんと比較すればおのずとクローズアップされてくると思います。
星野仙一と落合博満、ふたりを同時に見比べていく事で、
そのあたりが見えてきたらいいなと考えています。
もっともこのペースでは、いつになるか分からないですけどね (///o///)ゞ
次回は再び、星野さんについてお話したいと思います☆
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