めちゃ☆ドラの部屋

2008年、あけおめです。ブログ削除はしないけど、更新もできず。。。

○星野と落合○

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ドラゴンズ、2人の名将について語る
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星野と落合 〜落合考〜

前回は4月か・・・。
半年以上も放ったらかしでしたね。反省。。。


さて、前回は星野仙一について語りました。
現在彼は、北京五輪の代表監督、さらにはその先にGの監督と、
いろいろな噂が常につきまとっております。

これも彼がドラゴンズと袂を分かって、全国へと飛び出して行ったからでしょうね。
名古屋にずーっといただけならきっと、ここまでの存在にはならなかったでしょう。
ドラOBが国民の注目を集めるというのは嬉しいものですが、
しかしドラゴンズを去ってからでないと脚光を浴びないというのはねー。
ドラファンにとっては、何とも複雑な心境ではあります。


さて、今日は落合監督についての考察です。


落合さんは、星野さんと比べると、
「一度ドラゴンズと縁を切ったが、再び戻ってきた」という、
ある意味では対象的な存在と言えるかもしれません。

落合博満という人間を考えるとき、ぼくはまず「プロ意識」という言葉を思い浮かべます。
みなさんも、そんな部分が少なからずあるのではないでしょうか?

選手としてもまず「自分はプロだ」と考え、
その自分を最も高く評価してくれる球団を、自分の働く場とした。
そしてその評価こそが、すなわちお金という事です。
彼のプロ意識は、=お金と考えても仕方ない面はあります。

年俸の交渉で初の調停を利用したのも落合なら、FA移籍の第1号も彼でした。
ドラゴンズからFA宣言をしてGに去って行った時も、その点(お金)については明言していました。
彼に去られた時はぼくも「チーム愛がないのか!?」と非常に寂しく思ったものですが、
今思えば、理由を明言している以上、変に御託を並べられるよりハッキリしてていいと思います。


その彼が、ドラゴンズに戻ってきた理由は何でしょう?
落合は秋田出身、最初に入団したのはロッテだし、現役を引退したのは日本ハム。
ドラゴンズにはあくまで、「所属していた時期があった」というだけ。
名古屋に対してもドラゴンズに対しても、特別な思い入れがあったとは思えない。

信子夫人が「名古屋に恩返しをしなさい」と告げたという後押しもあったのでしょうが、
そもそもそういう情の部分で監督を引き受けるようなタイプには、やはり見えません。


やはりそこには、落合の哲学とも言える「プロ意識」が存在していたのではないかと思います。


ちょうどドラゴンズは星野→山田監督へのスイッチがうまくいかず、
成績の面でも収入の面でも低下傾向にあった。
高木守道氏を次期監督に推す声が強い中、
「殻を破らなければドラゴンズの発展はない」
というオーナーの意向が働き、落合さんに白羽の矢が立ったようです。

当時の落合さんは、臨時コーチの経験こそあるものの、監督経験もなければコーチ経験もなかった。
その彼にチームの再建を託すというのだから、意気に感じた部分もあるでしょう。
しかしそれ以上に、評論家業をしていた落合さんにとって「監督のオファー」というのは、
「野球人」としての自分を最大限評価してくれるもの、と考えたのではないでしょうか?

プロ意識を第一に考えて仕事をする彼にとって、この評価こそが最も大事なのだと思います。
プロ野球監督より評論家業の方がおいしいと考えてるのは、きっと江川さんくらいじゃないかなぁ?


さて、そんなこんなでドラゴンズに帰ってきた落合さん。
その後のドラゴンズの活躍は、ここで言うまでもありませんね。


しかし落合監督の全てが肯定されるべきものでもありません。
現に、チームがこれほど強くなった今でもドームが満員にならないというのは、
もちろんいろんな原因もあるでしょうが、落合監督自身に問題があるのも事実でしょう。


落合監督の問題点とは何か?
それは、星野さんと比較すればおのずとクローズアップされてくると思います。
星野仙一と落合博満、ふたりを同時に見比べていく事で、
そのあたりが見えてきたらいいなと考えています。
もっともこのペースでは、いつになるか分からないですけどね  (///o///)ゞ


次回は再び、星野さんについてお話したいと思います☆

【注意!!】

いちおこの記事は、星野さんと落合さん両方の自著と、他人の書いた本を参考に、あとぼくの記憶だけを頼りに独断で書いております。
従って細かいデータなどは一切ありません。調べるのが面倒ww。
「テキトーな事ばっか言いやがって!」などと思わないで下さいね ♪〜( ̄ε ̄;)


前回(といってもだいぶ前)星野と落合こそが、ドラゴンズの誇る2大監督だという話をしました。
特にぼくぐらいの世代(30代前半)だと、それ以外の監督(近藤、山内、高木、山田あたり)よりは
この2人の印象が強いのではないかと思います。
近藤さんの印象もカナリいいのですが、なんせぼくが9歳とかそんぐらいの頃だから、よく分からんw。


とにかくこの2人の考え方について、何となくつらつらと述べたいと思います。
まずは先輩、星野仙一から(敬称略)。


監督・星野の印象を語るとまず第一に「チームを強くしてくれた」という気がします。
特に第1次星野時代、ファンのぼくから見てもひ弱だったドラを、戦う集団に変えてくれたという思いは、確かにありました。
初就任は確か87年?
88年が優勝の年で、あの時2年目だったからそうだよね?
就任した時まだ30代だから、本当に青年監督でしたね。

チームを強くしたと言っても、選手の力を底上げしたという意味だけではありません。
’86オフ 落合(ロッテ) ←→ 牛島・上川・桑田・平沼
’87オフ 小野(西武)  ←→ 平野

’88西本(巨人)は、誰との交換でしたっけ?ww  (中尾だっけ・・・)
という思い切ったトレードを敢行した上での、チーム力アップです。

これらのトレードは即効性を十分に発揮し、
落合は竜の主軸として、小野や西本は先発の柱として(1年だけど)、バリバリ活躍してくれました。


このあたりのトレードに代表される、星野のチーム作りとは。。。
「自分の思い描いたチームを作るため、必要な補強はどんだけでもする。
 そしてチーム作りの邪魔に鳴る選手は、主力と言えども放出する」

こんな印象でしょうか?

実際、星野の自著「ハードプレイ・ハード」の中には、名指しこそしていませんが、
平野(スイッチヒッターで選手会長を務めた事もある主力、として)放出の経緯を語っていました。
怠慢なプレーに対する星野の指摘に、言い訳ばかりを重ねる。だから放出した、とね。

もともと彼は選手に暴力を振るうのは日常茶飯事でしたが(テレビでもよく、その光景が映っていた)。
星野は鉄拳制裁と政治力、その両方を使って選手を掌握し、
監督の支配下のもと、チーム力を増大していったと言えるでしょう。
そこだけ見ているととんでもない男ですww。

しかしそんなヤ○ザみたいな人間がチームを優勝に導き、なおかつファンからあれほどの支持を受けられるわけがありません。
彼が「男・星野」たりえるのには、それなりの理由があります。

たぶん星野は「恐ろしいまでの冷酷さと、同じ量だけの愛情」を併せ持っているのでしょう。
自分の意にそぐわない選手を放出し、よそから選手を獲得する一方で、
中村武志・彦野といった名前のなかった選手(まぁ、タケシはドラ1ですが)を一人前に育て上げた。
育成と補強の見事な融合で、88年のリーグ優勝を勝ち取ったのです。

ことに中村はいつも監督から殴られ、蹴られ。。。
それでも「プロとして自分を1人前に育ててくれた」監督に感謝の念が絶えないはずです。
星野のパンチ1発1発に、甘くないけど暖かい(ww)愛情がこもっていたのでは?


また、これは第2次政権(’96から?)の頃によく聞いた話ですが、
星野は選手の誕生日や、選手の奥さんの誕生日をきちんと把握していて、
必ず何か贈り物をしていた、
との事。

試合で活躍した選手には現金や贈り物も欠かさなかったようですし、
そういった心遣いは随一なのではないでしょうか。

何よりも、優勝した時のあの笑顔。
色んな事があったけど、全て許してしまおうと思わせる、笑顔と涙を彼は持っています。

アメとムチ、その両方を使い分ける。
怖いながらもみんなが慕ってくる人柄というのは、そういう所からきているのだと思います。



しかし、星野という人物を紐解くには、もうひとつカギがあるとぼくは思う。
それは彼の「喋り」です。

球団に対しても、ファンに対しても、マスコミに対しても。。。
とにかく彼は、話が上手だ。
言葉だけではなく、話す時のタイミングとか、世間の空気を読むのが抜群に上手いと思う。

そしてその言葉の力で、自分だけでなく他人の地位まで操作してしまう所があるんですね。

言いたい事は山ほどあるんですが、長くなってしまいそうなので。。。
見出しだけつけておきます。

・言葉の魔力
・高木守道との関係
・「星野再生工場」「壊し屋星野」
・中日ファンと、阪神ファンの間で
・ブルースリーは、誰のもの?
・巨人監督就任騒ぎ
・自著で語る裏話



いかがですか?
何となく察しがつくもの、そうでないもの両方あるかと思いますが。
このあたりを次回お話しできたらいいなと思っています。


このシリーズは思ったより長くなりそうなので、不定期でやっていこうと思います。
気が向いたらその都度、コメ頂けたら嬉しいです。
かなり自己チューな記事ですので、辛口なコメもお待ちしています♪

星野仙一と落合博満

えーみなさん。
ホンマ、更新も訪問もサボリまくりですいません!

ぼくこのブログ、自分で言うのも何ですが、メッチャ大好きなんです!
来てくれる人とも、本当に本音で語れるし。。。
ここからの訪問も、大抵ドラファンかスポーツファンですからね。
話が広がるし、色んな意見が参考になり、マジ好きなんですよー。


それなのにこの体たらくではいかんな。  il||li _| ̄|● il||li
ぼちぼちでも頑張っていきますので、どうか見捨てないで♪



さて本題。
オープン戦、そしてWBC真っ盛りなのに。。。
なぜかドラの現状には目もくれず、自分の思想ばかりww。
ちょっと的外れな感じもしますが、まぁ多めに見てやってください。  ♪〜( ̄ε ̄;)


ここ何十年・・・そうだな、ぼくがドラファンになった、
昭和57年(近藤貞雄監督でリーグ優勝)ごろから現在までを辿ってくると、

近藤→山内→星野→高木→星野→山田→落合


という順で監督を務めています(代行除く)。


その中で独断と偏見で言わせてもらえば、やはり
星野監督と落合監督がファンの印象に強く残っていると思います。


星野さんはまぁあのキャラクターですし、何と言ってもドラの中でただ1人、
2度の優勝を経験した監督です。
落合さんは現在も監督である事、また従来の野球観を全く覆す可能性もある事から、
まだ実績不足ですがそう認定させていただきました。

近藤さんや与那嶺さんなど、他にも名将はいますが、どうかお許しを^^。

実際、球団首脳陣は山田監督更迭後、
「中日から星野カラーを除く為には落合しかいない」
という理由で落合さんに監督就任を要請したとの話もあります。

また落合監督が就任し結果を残しつつある今、
たとえ彼が球団を去っても、星野さんがドラの監督を務める事はないでしょう。
これが落合さんではなく高木さんだったら、また話は変わっているでしょうが。。。


つまり、それほどこの2人は両雄として並び立ってしまったわけです。
・・・いや、並んではいないんだけど、まぁイメージねww。

で、何が言いたいかというと。。。
この2人の人間性というか考え方に、非常に興味を持ちまして。


かつては監督と選手という間柄。
しかし今は、ドラの監督と阪神SDというライバル関係でもあります。
強烈なキャラクターを持ちながら、しかし全く事なる2人の監督。
そして共に自分の考え方を貫き、リーグ優勝を果たしている。


この2人の考え方を探ることで、何か面白いものが得られないかなぁと思っているわけです。
といっても直接取材できるわけでもないので、(∩。∩;)ゞテレテレ
本やネットでいろいろ調べながら、ぼくなりの考えを述べてみたいと思います。
メディアを介した言葉は信憑性に欠けるかもですが、なるべく信用できそうな物を情報として得ていくつもりです。


ちなみに彼らに関する本は、すでに図書館で何冊か借りて読みました。
【落合監督】
・コーチング
    落合博満  著
・落合に聞け!   落合博満  著
・落合戦記     横尾弘一  著

【星野SD】
・ハードプレイ・ハード  勝利への道
   星野仙一  著

うーむ。落合さんに偏ってるなw。
もう少し、星野さんの本も読もう。特に阪神監督時代のやつを。

個人的にはこの4冊の中では「コーチング」が一番面白かったです。



今後少しずつ、この2人の対比なんぞを書けたらなーって思います。
ぼくの事だからいつになるか分かりませんが  (///o///)ゞ


訪問してくれた皆さん。
2人に対する思いや意見をお持ちでしたら、どんどんコメしちゃって下さい。
中傷以外はどんな事でも結構です。
それによって彼らの、新しい1面を見れると期待しています。
それでは^^

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