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今年のロータスエランツーリングの舞台は愛知県でした。
幹事さん曰く、愛知には気持ち良く走れるところが少ないという事で、ツーリングのメインは幸田サーキットの貸し切り走行会です。
ツーリングに参加したエランは例年と同じ様に50台位いたんですが、サーキット走行に参加したのは40台だけでした。
高齢のベテランエラン乗りの皆さんが、他の人に迷惑を掛けたら申し訳ないと自粛されたみたい。
僕もそんな分別を持てるようになるのか心配になりました。(笑)
下図の通り、1周1km弱のテクニカルなショートコースです。
実際走ってみても、一瞬息を付けるのはバックストレートだけでした。
ショートコース故に一度に沢山の車が走るとリスクも大きくなるので、走行はA〜E迄の5つのグループに分けて8台ずつで走りました。
A〜Dのグループは年式順です。
そしてEグループは至る所に手が入っているバリバリ改造クラスです。
エンジンは160〜170ps、足回りもローダウン、デフは勿論LSD、タイヤはSタイヤを履いています。
中にはストレートカットのクロスミッションを仕込んでいる車両もいます。
やはりエラン最速の26Rをベースにしたものが多かったです。
私のエランは1972年式なので、一番新しいDグループです。(下の写真)
2シーターエランは全車スプリント、それにプラス2の2台が加わりました。
トランクとシート後部に積んできた物を下しました。
エランはスプリジェットと同等の大きさなのに、結構積めるんです。
競技は設定タイムにどれだけ近い時間で1周出来るかを競うタイムトライアルと速さを競うタイムアタックの2本立てです。
タイムトライアルは5周、計測されるのは2周〜4周目のタイム。
もちろんコースを覚えるための目的もあります。
だけど、たった5周でコースを覚えられるほど優秀な頭脳の持ち主ではありません。
今回失敗したのがヘルメットです。
私のエランはアメリカ仕様のハイバックシートに交換してあります。
ハイバックと言っても首の付根に枕状に背もたれがある形状で、頭の上まで在る訳ではありません。
この枕状の物とヘルメットが干渉してしまい、鳥が餌を啄む時みたいに首を前に突き出した不自然な体制になってしまいます。
未だむち打ち治療中の僕には、それがとても辛かったです。
次回サーキットを走れる機会が持てたなら、セミジェットかお椀ヘルが必須です。
タイムトライアル、今回の設定タイムは1分20秒でした。
全車ストップウオッチ等のの使用は違反なはずなのに、この正確さって、何なんでしょうか?
1分20秒を切ってしまうと失格なので、残念ながら私は失格でした。
そして、いよいよメインステージのタイムアタックの時間です。
各車に与えられた走行時間は20分間です。
当日は予想外の真夏日だったので、人車共にオーバーヒート気味で早めにピットに帰ってくる人が目立ちました。
ここからは私と一緒に走ったDグループのエラン達です。
ゼッケン23はスプリントを26R風にカスタムしてあります。
エンジンがノーマルなんで、EでなくDグループに組み込まれたみたいです。
少し一緒に走れる機会があったのですが、何よりもクリップからの立ち上がりが大違いでした。
ローダウンサス、LSD、Sタイヤ・・・欲しがりませんってば。
ゼッケン13はスプリントにパナスポーツの14インチの限定ホイールを履いています。
タイヤ選択の幅が広がるので、これはとっても羨ましい。
ゼッケン4は、私と同じほぼノーマルのスプリントdhcです。
ゼッケン51もノーマルスプリントdhc、この2台が身近なライバルでした。
ゼッケン19はエラン+2、ロータスエンスーで有名な方を義父に持つ幸せ者です。
この+2も義父の借り物、時々義父の23Bも借りてサーキットを走っています。
ゼッケン45の+2は、ご夫婦で交代でハンドルを握って楽しんでいました。
僕は26Rレプリカにぶっ千切られてからは、この方に遊んでもらいました。
第1ヘアピンで後ろについて・・・。
第2ヘアピンでイン側に飛び込み・・・。
前に出れた時は、かなり気分が良かった。
今回初めてエランでサーキットをスポーツ走行したのですが、情けなかったのはクリップから踏んでいけないんです。
深いロールの姿勢からアクセルを踏むと、タイヤがグリップせずに横に逃げ、カウンターを当てると柔らかい猫足が災いしてタコ踊りしてしまいタイムロスしてしまいます。
走行後にタイヤを見ると、大して温度は上がっていないし、路面温度はかなり高いのにもかかわらず、全く表面が溶けていないんです。
バイクのタイヤって、少々しょぼくてもサーキット走ると溶けますよね。
先輩エラン乗りに聞いたところ、
「君の履いているタイヤはサーキットでも減るだけで溶けないタイプだよ。」
「タイヤは安いの危ないよ。」
と、税込1本3,390円とダメ出しでした。
挙句の果てに妻からは、
「アナタねぇ、コントロールタワーから第1ヘアピンの入口までは、速い人と1秒位しか違わないのに、その後が遅いのよね!」
と、厳しいお言葉をいただきました。(苦笑)
この秋にヨコハマタイヤがアドバンHF−Dを再販して、クラシックカー市場に参入するらしいので、エランに合うサイズがあることを期待しましょう!
私たちの走行の後は、本日のメインイベントともいえるEクラスのタイムアタックです。
ゼッケン27の26Rは、総合3位。
ゼッケン8の26Rは総合6位。エンジンをリビルドしたばかりなので6000rpmに抑えての走行でした。
ちなみにこの方エグリホンダとMVに乗るバイクマニアでもあります。
ゼッケン5はエランツーリングの親分格、高尾山デーミーティングの主催者でもあります。エランに乗り続けてもうすぐ40年だとか・・・。今回は大人の走りで7位でした。
先日初めて知ったんですが、この方もバイク乗りでドゥカのポールスマートレプリカをお持ちです。
ゼッケン30のSr.2は見事5位に入られました。
途中1コーナーでスピンをしましたが、見事なリカバリーをされていました。
ゼッケン36もSr.2ベースのカフェレーサー的仕上がりです。
ゼッケン50はSHCCのジムカーナーチャンピオンです。
今回は体調がすぐれなかったのか、今一元気がありませんでした。
ちなみにこの方はmotoGPで、よくレプソルホンダのピットに帯同されている精密特殊ギアメーカーの社長さんです。
motpGPではホンダだけでなく、ヤマハにも鈴木にもパーツを供給しています。
ゼッケン39はBRMエランです。希少な車だけにやさしい運転を心がけていたように見えました。
ゼッケン2の26Rはワイドトレッドで迫力が半端ないです。
本人も参加者のほとんども、一番速いだろうと予想していました。
タイヤが温まった後は、ヘッドライトを点灯して前を走る兵を次々とパスしていく姿はさすがでした。
ところが、あまりにも凄いパワーにクラッチ板が賞味切れになってしまい、アクセルを踏んでも前に進んでくれなかったと言われていました。
それでもタイムアタックは総合2位でした。
Eクラス走行開始直後に起きた悲惨なクラッシュです。
1ヘアの入口でブレーキがすっぽ抜けたそうです。
エランはブレーキが1系統しかないので、他人事でありません。
貴重な26Rが無残な姿になってしまいました。
だけどある意味公道で歩行者に・・・なんて事にならなくて良かったですよ。
ゼッケン35の水色のエランは、箱根の主ともいえる人です。
ショボイタイヤを履いている中では、唯一1分の壁を破って見せたのはさすがです。
ゼッケン7は、アメリカからエランと共に帰国してきた若者です。
QEDの客の中では一番の飛ばし屋なんです。
独特のエキゾーストノート(レーシングサウンド)をまき散らして、58秒台で走って見せました。
リザルトです。
僕は19位、目標は1分5秒切りだったから、まあまあかな。
優勝はゼッケン34、アレッ・・・Eクラスじゃないよね。
ゼッケン34、大胆に縁石を責めていますね。
この方現在もエランで全日本のラリーやヒルクライムに参加されているそうです。
年齢も僕よりも2歳年上、素敵な先輩です。
去年の全日本のヒルクライムのリザルトです。
サンクターボⅡや240RSに混ざって、クラス2位というから凄いですよね。
うちの奥さん、猫ショック直後だったんで、今回は体調も悪いみたいだったし少々暗かった。
走行後の記念撮影、エラン乗りも高齢化が進んでいます。(笑)
パーティー席上、同じテーブルの皆さんと記念撮影。
やっぱり俺は顔がでかい。(爆)
サーキット遊びでは商品がもらえなかったけれど、今年はビンゴが大当たりでした。
ムーブメントは安物だけど、この時計は素敵でしょ!
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沖縄で初めての朝を迎えました。
残念ながら窓の外に見える空はどんよりしています。
天気予報を見ると、午後は雨雲が掛かりそうです。
二人で少し暗くなりながら、夕べ不味かったレストランへ朝食を食べに行きました。
ここのホテルはレストランが1ヶ所だけしかありません。
ところが期待に反して朝食はまあまあ、食べログ調で点数を付ければ3.2位でしょうか。
この日のルートはこんな感じ、本島の北側をぐるっと回る約280kmのコースです。
実際は僕が道を間違えて、300km位走りました。
最初の目的地は東シナ海に面した万座毛です。
海はきれいですが、曇っている分輝きが足らなくて残念。
ここは観光コースなのか、朝から中国人を乗せたバスが数台いて、とっても喧しい。
駐車場の横へ、⇒アポガマとあったので歩いて行きましたが、行けども行けども何もなくて、誰も歩いていないし・・・。
そのうち奥さんが靴が擦れて痛いと文句を言いだしたので、海岸の東屋で一休みをして引き返しました。
この辺りの岩場はダイビングスポットらしく、地元の若者と基地の米兵たちが大勢潜っていました。
後から地図を見たら、あとほんの少し歩けば目的地だったのに残念。
この後ひたすら58号線を北上する。
途中から海が近くなり、島を走っている実感がわいてくる。
謝敷辺りから路面がウエットに、僕らが走る直前に雨雲が通過したみたいで、とってもラッキーだった。
ウエット路面は滑るぞ!と、聞いていたので慎重に走り始めたが、何だか普通な感じです。
次の目的地、茅打ちバンタへ。
バンタというのは沖縄の方言で、崖の事だそうだ。
きれいではあるが、それほどの感動は無かった。
そして沖縄本島最北端の、辺戸岬に到着。
ここにも大陸からの観光客が沢山います。
いつから中国にもGWが出来たんだろう?
琉球料理が好みでない奥さんが、絶対ここでランチと言っていた国頭村のカフェに到着したのは2時近くでした。
オーナーの手作りの建物らしいが、沖縄の五郎さんの家といった感じです。
手作り感満載の店内、あちらこちらに雨染みが・・・大丈夫か?(笑)
僕が店内をキョロキョロしていると、妻から
「あなた今赤ちゃんにオッパイあげているんだから、見ちゃダメヨ!」
と声が掛かった。
声が掛かった瞬間に、人は声のした方を見るもので、授乳中の若いお母さんと目が合ってばつが悪かった。
オーダーしたタコライスは、腹が減っていることもあって格別においしく感じた。
そして、ぜんざいを追加で頼んだら、氷アズキが出てきて驚いた。
僕達はてっきり、冷製のぜんざいとか、お汁粉が出てくるんだと思っていたからだ。
氷には小豆の他に黒蜜とココナッツミルクがかかっていて、これはこれで美味しかった。
そのうちに外が土砂降りに・・・ここに入っている時で良かった。
しかし、この日は水難の相があったのか、僕らが座ったカウンターの前の窓から大量の雨水が流れて来た。
実は最初、隣の席の基地の女性から教えられるまで、吞気に気が付かずにいました。
もちろん慌てて他の席に避難。(笑)
スマホで雨雲を確認すると、3時半には無くなりそう。
それまで雨宿りしているつもりだったんですが、3時過ぎに雨が止んだので奥さんに「遅くなると大変だから・・・。」と促されて出発。
70号線を南へ15分位走ったところで、雨が降ってきた。
二人して合羽を着こんでいる時「向こうの空が明るいから着る事なかったかも・・・。」と妻が言う。
妻はすでに上下とも着用済みだが、僕は上しかまだ着ていなかったので、そうだなと思いパンツは履かなかった。
しかし、5分後シャワーのような雨が降ってきて、パンツまでしっとりとしてしまった。(苦笑)
さすが沖縄と思ったのは、この時期に濡れたパンツで走っても寒くならなかったんですよ。
ウエット路面の緩やかな峠道もありましたが、路面のグリップもビビるほど悪くないようです。
制限速度+20km程度では何も起きませんでした。
それよりもビビるべきは脇から飛び出して来る地元の車です。
まさかと思うタイミングで躊躇なく飛び出してきて、何度か怖い思いをしました。
そうかと思うと、30km位の速度でタラタラ走っている爺様も多いんですよね。
昼飯が遅かったので夕食は軽いものにしようと、海中道路手前のキングタコスへ行きました。
お昼もタコライスなのに・・・なんも考えていない夫婦です。
夜でもひっきりなしにお客さんが来ていますが、8割はテイクアウトです。
イートインのあまりにもチープさに、うちの奥さん目をまん丸くしていました。(笑)
ちなみに4ピースで500円也。
8時半ころにホテルに戻ると、部屋の水道がまったく出ない。
湿ったパンツを脱いで風呂に飛び込みたいのに、参ってしまう。
フロントに連絡をしたが一度部屋に来て調べますと言って、20分以上経っても何の回答もない。
1階以外の全室の水道が出ないのは、加圧ポンプが動いていない以外理由は無いはずだ。
それをフロントに告げると、伊計島は夕方凄いスコールに見舞われたそうだ。
きっと漏電してしまったのだろう。
それは仕方ないが、自分たちは雨に濡れて一時も早く風呂に入りたいので、何とかして欲しいと言うと、温泉に無料で入らせてくれました。
という訳で、この晩は温泉でゆったりと出来ました。
只から文句は言えないが、1000円払って入ったら納得出来ないかも。
浴槽も二つだけだし、何よりも湯質が今一なんですよ。
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去年のSWさん、まるてんさん、333さんのブログ記事に触発されてて、今年のGWは初めて沖縄をツーリングしてきました。
僕は沖縄に行くのは2回目、妻は初めての沖縄です。
2回目と言っても、初めて行った時は町場の工務店のお付合いバス観光旅行、それも沖縄でも寒い2月でした。
今年の正月に行った西表島の印象も良かったので、今回はかなり楽しみにしていました。
それにしてもGWに飛行機に乗って旅行に行くのは高くつきますね。
3泊4日の朝食付きのホテル代を入れて、一人約12万5000円。
宿泊先は3泊とも伊計島のAJリゾートアイランドです。
本当は西海岸側のホテルにしたかったんですが、更に高かったので難しかったんです。
プラス250ccのレンタバイクが3日間でおよそ2万1000円、レンタカー代が24時間で6000円。
羽田空港の駐車場は満車なので、浮島の民間駐車場が4日間で1万2000円。
ここまでで合計31万円、一人当たり15万5000円です。
これに昼食、夕食、観光地の入場料などが加算されるので、少なく見積もっても一人当たり約18万円です。
去年まるてんさんのブログには、2泊3日で一人当たり10万円くらいと書かれていたので、GWには通常の週末の5割増しの価格になります。
きっと僕はあと10年働いていると思うので、1泊以上は盆・正月・GW・SWに限られてしまうので、仕方ないと思うしかありません。
10年後に夫婦でレンタバイクでツーリングしないでしょうしね。
那覇空港に到着したのは10時半、手荷物を受け取ってレンタバイク屋を出た頃には12時になっていました。
レンタバイク屋では沖縄の道はともかく滑りやすい事、そして片道2車線道路のほとんどがバイクは左側のみの通行だから気を付ける様にと注意を受けました。
今回のツーリングの相棒はNINJA250SL、あまり人気は無いようですがシングル好きには気になるモデルです。
想像以上に細身のバイクだったので、大きなシートバッグはかなり無理して載せました。
奥さんは250クラスで一番シート高の低いVTR250を選びました。
VTRの方が荷物も載せやすいうえに、ハンドル位置も150㎜以上高いので万能ですね。
走り出す前に軽い食事をしようと飛び込んだのが糸満の道の駅です。
僕が選んだのはマグロカツバーガー、三崎港の奴より美味しかったかも。
初日は余裕をもって、100km弱のコース予定です。
市街地を抜けてから、時々見える青い海と青い空に感動です。
気分は何所を走りだした時よりも最高でしたね!
最初に寄ったのはニライカナイの橋です。
OH!絶景、だけど橋よりも海に目が行ってしまいました。(笑)
そして聖地パワースポットとして有名な斎場御嶽です。
たしかに凛とした気持ちになる所ですが、伊勢神宮の本殿に比べるとパワーは10分の1位に感じました。
不謹慎かも知れませんが、斎場御嶽以上に感動スポットだったのは、参道に面した『海のイスキア』というカフェです。
入り口はショボイんですが(笑)
中に入ると、素晴らしいロケーションが目に飛び込んできます。
庭の端へ行くとこんな感じです。
勿論室内の席もあるのですが、気持ちのいい屋外の席を希望しました。
心地よい風を感じながらお茶をしていると、あっという間に時間が経ってしまいますね。
駐車場へ戻る途中で、誰かさんの小遣い稼ぎを発見。
高速のSAだけじゃ飽き足らなかったんでしょうか?(笑)
伊計島への最初の橋、海中道路です。
思った以上に美味しかったのが、ぬちまーす製塩工場の塩ソフトクリームです。
これから数日間、嫌でも横を通るので何回か食べれると思っていたら、結局1度しか食べられなかったのが、今思い出しても残念です。
ここの製塩工場の敷地内に、龍神風道という名前の通り龍神様の通り道に由来する史跡らしいのですが、ソフトクリームの美味しさにすっかりを見るのを忘れてしまいました。(笑)
伊計島へ渡る伊計大橋です。
宿泊先のAJリゾートアイランド、建物も新しく部屋も浴室もWCも広々していて文句なしですが、ビュフェ方式の夕食の不味い事。
全ての料理に旨味とか出汁が無い様に思えてしまいました。
こんなんで1人3000円も取るのは詐欺のような気がしました。
もしかしたら沖縄を、日本と同じに思っていること自体が間違いかも知れませんが・・・。
翌日からは、必ず出先で食事を済ますことにしましたよ。
それと今年の4月に天然温泉施設も完成したというので喜んでいたのですが、なんと宿泊者からも1000円の入浴料を取るというのは解せませんね。
こんなライトアップに金を掛けるなら、温泉位は只で入らせて欲しいものです。
最後にNINJA250SLの印象です。
軽いし、楽々と交通をリードできるし、バイクってこんなんで充分に思えた時もありました。
コーナーリングもヒラヒラだし、ブレーキングも必要にして十分です。
駄菓子菓子、オジサンは欲張りです。
何よりも物足りなかったのは、高回転まで回した時の高揚感が希薄なことです。
4000rpm位まではエンジンの鼓動を感じてライトウエイトシングルらしさも感じますが、5000〜6000rpmの回り方が気持ち良くありません。
さらに右手を捻れば黙って10000rpm近くまで回るのですが、回っているだけに近いかも。
そして単色のバーグラフ式のタコメーターの見辛かった事。
こういうのじゃないと、安くて軽いのは作れないでしょうかね。
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くろきんさんの記事、近いけれど僅かにずれがあるのが面白くて、目玉親父ヴァージョンを書いてみました。
僕は当時ガソリン代を出すのがやっとだったんで、写真はごくわずかしか残っていないのが残念です。
Kawasaki MS90
大学2年の時の夏休みかなぁ、このツーリングが僕にとって初めてのロングツーリングでした。
目的地は九州、90ccだから当然オール下道でした。
しかも合羽も地図も高価に思えて持っていません。(爆)
この写真は九州で世話になったオバさんの家の前でのスナップです。
当時のMr.BIKE誌で、さんざんバイクとバックパックを掛け合わせた特集をしていて、それに影響されてアルミフレームのザックを担いで行ったんです。
肩が凝ったのなんのって・・・。(笑)
YAMAHA RD250
角タンクになったRD、以前の丸いのに比べるとモダンに思えたし、市販レーサーTZのテイストを感じたんです。 ハンドルは、たしかCB400Fのコンチハンに替えていました。
この頃からまだまださんや暴走校長に連れられて、箱根で朝練をするようになりました。
だけど行く度に帰り道はポイント面が荒れて絶不調でした。
当時売っていた永井電子のICイグナイターを装着してからは、ほぼメンテナンスフリーになったのには感動しました。
YAMAHA XS650spl
こいつが出た時には和製スポーツスターだと思ったものです。
アメリカのTVドラマ「さすらいのライダーブロンソン」に憧れていた僕はすぐに飛びつきました。
ブロンソンの真似をしてシュラフをハンドルの前に縛ったら、メーターが全く見えなくなったのもお構いなしでした。(笑)
同時に出た750はRホイールが18インチでしたが、650の方は16インチで、よりホースバックライディングスタイルが似合っていました。
YAMAHA XT500
前述のXSに乗っている時に、当時付き合っていたバイク屋に下取りで入ったXTに試乗させてもらったら、ビッグシングルの鼓動に超感動してしまい乗り変えたんです。
この写真はノーヘルですが、もうヘルメットの着用は義務付けられていました。
たぶんツーリング先の伊豆の海岸で遊んでいる時の写真だと思います。
YAMAHA SR500
モトライダー誌のロードボンバーに影響されて、XTを何とかカフェスタイルにしたかったんですが、あの頃はスペシャルショップもなく足回りのローダウンで挫折して、SR500の中古車を買い足しました。
SRカスタムが流行る前の時代だったので、仲間と首をひねりながらア〜でも無い、コ〜でも無いと色々弄りました。
しかし僕にもショップにも知恵が無く、何度もツーリング中にリタイアしてしまいました。
ケニーズで買ったデロルト40Φを装着後は、マニホールドも合わないしセッティングも出来ないしで、思ったように走ってくれなかった。
おかげで僕はカバッとアクセルを開けるのに躊躇する変な癖がついてしまいました。(笑)
YAMAHA DT125
当時も軽い2stオフ車が無いと寂しかった。
くろきんさんも乗っていた空冷モノクロスタイプです。
この頃憧れていたのがIT175、自分で色を塗ったりライト周りを加工しながらIT風にカスタムしていました。
写真は甲斐大泉の傍にある天女山だったと思います。
タイヤもMX用のノビータイプにしていたんで、新雪ならそこそこ走れました。
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