今は昔の物語・・・

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秋深くなる頃に

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 な〜つがす〜ぎ秋がくる〜…まぁ当たり前の事なのですが(それがどうした)
 もう、季節は秋ですねぇ…秋の思い出といえば皆さんどんなものがあるでしょう?私は…

 時は19990年代、世間は不況の底にあるけれど自分自身は不景気などどこふく風・・・
 週末には行った事のない町へあてもなく車を走らせていた
 残暑もだいぶ収まり涼しさが少しずつ寒さに変わる頃、4日間の連休がありその初日友人と
 いつものように町を抜け出した・・・
 「一度機会があったら日光に行ってみたい」と言っていた友人の言葉を採用し北へ…
 夕方近くになり宇都宮へ到着そのまま日光のそばで車中泊(あの頃は若かった・・・)
 
 翌朝、東照宮へ参拝し、いろは坂を降り日光市街に入る途中ふと気になる標識が目に入る…霧降高原…

霧降高原??どんな所だろう??


 興味があるのでそっちへ向かってみる
 (急遽予定変更できるのも当てのない旅の醍醐味)
 有料道路に入りしばらく山を登ると渓谷に架る橋のあたりから霧が出始める

 所々見える風景がどこか今までいた日本ではなく異国の雰囲気で妙に心地いい高原に出ると
 広い土地に馬、牛等が放し飼いにされていて幻想的な感じがする
 そこから車で1時間ほど山道を走り奥日光へ向かうと手前に川俣湖
 (元々は川俣ダムがありそこに貯水されていき川俣湖になったらしい)
 
 湖畔は山に囲まれ、水面に映る紅葉が美しく、湖畔の民宿の貸ボートで湖の中心に向かう…

日本人に生まれて良かった!!

 …この風景を見られて、感動出来て良かったと心から思う
 民宿では、鹿肉・雉肉・熊肉・鯉などの郷土料理が楽しめ、釣好きにはたまらない魚拓が所狭しと
 飾られている(1m以上の大物ばかり・・・)
 
 いつかまた、ここへ戻ってくる…それを夢に帰路につく…
 
 今、日常の流れに流されるまま時間に追われ夢を叶えられずにいるが
 忘れる事だけは決してない今は昔の物語

親友・・・

 昨日、私のお気に入りブログの中のピースさん(http://blogs.yahoo.co.jp/qwerpoiu1211)
 の記事を読んで、「自分の親友」の事を少し思い出して書いて見たいと思いました〜

 中学2年の春、大阪から千葉に引越しをしてから、あまり友だちは出来なかったけれど
 それでも何人かの気心の知れた友人が出来ました・・・

 中学卒業後、高校に入ってからもよく中学時代の友人とは遊んでいたけれど、それほど
 「親友」と呼べるほどの付き合いでもなかったように思う・・・

 それでも一番中の良かった「A」は、私の過去の事やお互いの恋愛や悩み事など何でも相談
 できる一番の「親友」だったかもしれない・・・

 ある日、新しい原付を買った私は「A」と二人でそれぞれの原付に乗って遊んでいた・・・
 「A」も比較的新しい原付に乗っていたので、互いの原付を変えて乗ってみようという話に
 なり、私は彼の、彼は私の原付に乗って走っていた・・・

ところがそれがえらい事になってしまう・・・


しばらく走っていた私は、カーブを曲がり損ねて転倒してしまう・・・(「A」の原付で)
 前を走っていた「A」が戻ってきて、心配そうに話し掛けてくる・・・最初は平気だった私だが
 だんだん体が痺れてきて、動けなくなってくる・・・(どうやら骨折しているみたい・・・)

 近所の人が救急車を呼んでくれて、そのまま私は病院へ・・・「A」は一緒に病院まで
 付き添ってくれた・・・その後私はそのまま病院のベットに寝かされていた・・・

 「A」は病院まで付き添った後、私の家に電話をかけて事情を話し、その後歩いて事故現場まで
 戻り、私の原付と自分の原付を取りに行ってくれた・・・

 しかも、私の原付はきちんと私の家の駐輪場になおしてくれていた・・・
 事故現場から往復で軽く3時間ほどかかる距離を2往復もしてくれていた・・・

 退院した私がそのお礼に行くと

「無事で良かったから良いよ〜」

となんでもなかったかのように笑っていた彼を見て心底「いい奴やなぁ〜」と思い、
 そういう彼だからこそ「親友」と呼びたいと感じた・・・

 今では「一年に一度会えれば良い」くらい付き合いが遠くなっているけれど、それでも
 あいつとは「親友」であり続けたいと思っています・・・

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?H1>一つのドアの前に着いた  そのドアは何となく今までのドアとは違い「開けて大丈夫か?」と不安になった

 他の二人も何となくそんな気持ちになり顔を見合わせる

 マヒしていた恐怖感が急に全身にめぐるような感覚におちいる…

 そのままそこにいるわけにもいかず、恐る恐るドアを開ける…
 
 懐中電灯の光を当てたとたんこちらに向かって光る無数の光、光、光…
 
?H1>そこらじゅうに何か生物がいる…

「フギャー!!」

?H1>何かがこっちに向かって跳びかかって来た!!

 突然の出来事と恐怖から僕たちはそれこそ飛ぶように逃げ出した

 後はどこをどう逃げたかわからないけれど気がついたら3人とも車の前に辿り着いていた
 落ち着いてあたりを見ると、数匹の猫が歩いていた

 「あのドアは病院の食堂だった場所で今はのら猫の溜まり場になっているんだ」
 そう気付いたのは帰り道を走っている時だった

 あまりにも怖い恐怖体験とあまりにもばかばかしい体験で車の中で大爆笑になった
 今でもたまに夜中にドライブなんかに出かけると、その事を思い出して懐かしく思う・・・
 たまにはまたあんなことをしてみたいと思う今は昔の物語・・・

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 今から9年前僕がまだ10代だった頃の話…

 その頃の僕は車で遠出をすることが好きで色んな所に行った
 「暑い夏といえば恐怖スポット」友人とそんな事を話していた暑い夜
 「面白そうだから行ってみよう」そんなノリで夜道を走る。

 …3人で車に乗って辿り着いた所はすでに潰れて数年が経過していた病院…
?H1>そう,それはまるでバイ○・ハザードの世界  その病院の近隣は外灯も少なく民家もなく真っ暗で冗談抜きでメッチャ怖かった

 3人で来ている事もあり、自分だけ怖がっていると思われるのも嫌で3人が3人とも
 強がって「中に入ってみよう」と意見がまとまり、ジャンケンで先頭を決める…
 僕は一番後ろになり(一番前も怖いけど後ろもかなり怖いでぇ〜)3人とも持ってきた
 懐中電灯を使いながら怖々と歩いていく…

 使われなくなった診察室や病室を少しづつ進んでいくうちに段々と怖さも慣れてきた
 (マヒしてきたとも言う)
最初の恐怖心はどこへやら・・・徐々に歩くスピードも早くなり始めた・・・
?H1>と、その時・・・

以下その2に続きます〜お楽しみに・・・
 

こんな日は・・・

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 今日は一日雨が降っています・・・

 こんな雨の日は昔のことを少し思い出す・・・あの頃のこと・・・

 時は1985年、阪神タイガースがバース、掛布、岡田の活躍で盛り上がっていた頃・・・

 小学生の私は、よく雨の中、一人で家の外を眺めていた・・・

 梅雨の走りのある雨の日、父親が家を出てそのまま帰ってはこなかった・・・

 私はなぜか「雨の日に出て行ったから、次の雨の日に帰ってくる」と思い込んでいて

 雨の日はマンションの外に出て、駐車場に一人傘を差して立っていた・・・

 小学生の私には分からなかったけれど、その頃から両親の関係はあまり良くはなかった

 らしく、たびたび父親は家からいなくなった・・・

 そうしてとうとう、離婚する事が決まった日、私は父親に「お母さんと一緒に住むか?
 
 それとも俺と一緒に住むか?」と聞かれ、母親についていく事に決めた・・・

 中学、高校の頃はよく「これで良かったのか」と悩んだ事もあった・・・

 今、阪神タイガースがまた優勝出来るようになり、強くなったように、私もあの頃の

 思いを思い出として、「それで良かった」と割り切れるようになった・・・

 あの頃の父親の年と同じような年になり、いろんな悩みや考えがあったんだろうなぁ〜

 と考えられるようにもなった・・・

 雨の日は、不思議と昔のことを思い出す今は昔の物語・・・
 

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