勝手にメディア社会論

メディア論、記号論を武器に、現代社会を社会学者の端くれが、政治経済から風俗まで分析します。テレビ・ラジオ番組、新聞記事の転載あり

スポーツ界を賑わすパワハラ問題の意外な”効用”

賑やかなスポーツ界のパワハラ問題

ご存じのように、レスリング界の伊調薫問題あたりから始まり、日大アメフト部、マラソン、ボクシング、体操、重量挙げなどなど、このところアマチュア・スポーツ界でのパワハラ問題が世間を賑わせている。まあ、突然(後述するが、実は突然でもなんでもなく、マスメディアがやる常套手段としての必然なのだけれど)あちこちからスポーツに関するパワハラ問題が出現し、マスメディアが騒ぎ立てているのだけれど、今回はこれが「結果としてマスメディアには予期せぬ悪影響、スポーツ界には予期せぬ好結果を与えている」という、ちょった変わった視点を前提に議論を進めてみよう(社会学では、こうした「予期せぬ結果」が訪れることを「潜在的機能」と言う。たとえば都市の人口過密化に対応するために高層マンションを建設することで人口を吸収できる(顕在的順機能=予期した良い結果)が、その反面、都市中心人口が一層過密化するために交通渋滞が悪化する(潜在的逆機能=予期せぬ悪しき結果)といったように。ちなみに顕在的機能とは「予期した結果」、潜在的機能とは「予期せぬ結果」。順機能とは「好結果」、逆機能とは「悪い結果」。つまり四つの組み合わせがある)。

人が犬に噛みつくと事件になる

先ず、これらパワハラ報道を積極的に展開するマスメディアの意図について考えてみよう。マスメディア研究の中に「犬が人に人に噛みついても事件にはならないが、人が犬に噛みつけば事件になる」ということばがある。これは、あたりまえのことは事件にならないけれど、そうでないもの、つまり現実とのギャップが大きい、意外性の高いものについてはオーディエンスの関心を惹起するので、マスメディアはこれを積極的に取り上げる傾向があることを示している。

スポーツ界のパワハラ問題にはこの意外性=落差がある(もちろん、当該世界=スポーツ界の関係者にとっては意外でも何でも無いのだけれど)。「あのスポーツ界で、あれほどスゴいと言われている人が、こんなヒドいことをしているのか?」というイメージだ。金メダリストのあの伊調馨が虐められている、アメフト界の重鎮・あの内田正人が平気で非常識なことをやっていた、タレント的な人気がありテレビを賑わしているあの瀬古利彦が、ボクシング連盟のあの山根明会長が、ミュンヘンオリンピック・ムーンサルトのあの塚原光男が、メキシコオリンピックのあの三宅義行が……という具合に。

権威者・セレブの不幸は蜜の味

もう一つは、権威の上位にあるものを叩くという図式だ。我々がマスメディア、とりわけゴシップやスキャンダルに積極的に触れようとするのは、その情報を消費することによってある種の「優越性」をお手軽に獲得しようという欲望に基づいているからだ。

「優越性」とは、自分が他人より何らかのかたちで優れており、そこから生じる自己についての満足感、つまり「自分は他の人とは違ってエラいんだ!」的な心性だ。もう少し穏便に表現すれば「プライドを持っていること」とも言い換えられるだろう。もちろん、それ自体は悪いことではない。これは一般的には、その担保となる何らかの能力や技術を身につけることで獲得が可能になる。必然的に、こうした優越性を獲得するためには努力が必要になる。つまり頑張らなければならない。だから容易ではない。

ところが、これを容易に獲得できる方法がある。優越性の対義語は劣等性。これは逆に比較する相手に対して自分が劣性にあるという状態から生じる心性、つまりジェラシーだ。金持ちや高学歴者、セレブに対するマスメディアの受け手=オーディエンスの感覚がその典型。つまり「うらやましい」。一方、自分はそうではないので「くやしい」。この劣等性を努力なしに克服する方法をマスメディアはビジネスとして再生産的に提供する。それがスキャンダル・ゴシップ報道だ。これら報道は優越性を備える存在をターゲットに、これらをオーディエンスと同等、あるいはそれ以下に引きずり下ろすという作業を行っている。その際、前述のスポーツ界のセレブはその格好の対象となるのだ。これらのセレブたちは現役時代に華々しく活躍しただけでなく、その後もスポーツ界での重鎮となり権威を獲得して成功を果たした勝ち組か、現役の頃は大したことなくてもマネージメントで辣腕を発揮して権威者となった「うらやましい存在」。そこで、この人物たちの失態(今回の場合パワハラ)を報道すれば、彼らの社会的地位は貶められ、その結果、彼らを自分たちと同等の立場に引きずり下ろすことが可能になる。いや、それ以上に社会的にバッシングを受け、この世界から追放、あるいは粛清されるわけで、こうなると今度は自分たちオーディエンスよりも劣性の場所に置かれることになる。その結果、相対的に自分たちの立場が上昇し、オーディエンス側は努力することなく優越性を獲得可能になる。「人の不幸は蜜の味」のメカニズムがこれだ。イエロージャーナリズム、スキャンダリズムが跳梁する背後には、こうした出歯亀的心性が存在する。しかも、この心性は正義の味方のモットーである「強きを挫き、弱きを助く」の図式で援護を受けているから質が悪い。ようするに、オーディエンスの劣等性に働きかけて視聴率や購買数を稼ごうという魂胆なわけなのだが。

近年、このようなマスメディアのスキャンダリズムへ傾倒が強まっていることは、もはや説明の必要もないだろう。たとえば文春砲的な報道のスタンスはその典型だ。マスメディアがこうした戦略を採るのは、かつてマスコミと呼ばれたオールドメディアであるマスメディアがインターネットメディアに駆逐されつつあり、この苦境を打開しようともがいているからだ。それが結果としてスキャンダリズムの拡大再生産を生んでいる。

マスメディアが自ら首を絞めるスキャンダリズム戦略

しかし、この戦略は結果として却って自らの首を絞めることになる。パパラッチ的な報道ばかりを展開すれば、オーディエンスはやがてそれにウンザリしはじめる(いや、もうしている?)。その結果、人々はこのスキャンダリズムから次第に距離を置くことになる。視聴率も購買数もますます低下し、その一方でオーディエンスは情報選択が任意で行なえるインターネットにいっそう流れていく。一方、若者たちも、こうした出歯亀的アプローチに加わることには魅力を感じなくなり、マスメディア業界に身を投げようとはしなくなる(実際、大学生の多くが、かつて(たとえば80年代)ほどマスメディアで働くことに関心を持っていない。彼らの多くがマスメディアは「下品」と認識している)。必然的に、優秀な人材は他の分野(とりわけITや外資系)に流れていく。こうなると今度は人材の質の低下に伴いコンテンツの質もいっそう低下し、その一方で、マスメディアは藁をもすがる思いでますますスキャンダリズムに傾倒していく。そして、この負のスパイラルが続いていく。その結果、受け手・送り手双方がこれらマスメディアから離れていくというわけだ。これがパワハラ報道が結果するマスメディアにとっての潜在的逆機能、つまり「予期せぬ悪しき結果」ということになる。

パワハラ問題の思わぬ予期せぬ結果=潜在的順機能

ところが、こうしたパパラッチ的なパワハラ報道、意外なところに思わぬ良き結果をもたらしてもいる。スキャンダリズムに基づいての報道が、スポーツ界の悪しき因襲を駆逐し、体質を浄化するという潜在的順機能がそれだ。

アマチュアスポーツ界に長らく浸透していたもの。それはこうしたパワハラを媒介としてチームや個人を強化するという伝統だ。殴ったり蹴ったりはあたりまえ。高校や大学(とりわけ私立)は知名度を上げるためにメジャーのスポーツ種目への強化を図る。野球、サッカー、ラグビー、駅伝などはその典型的な種目だが、これらはご存じのようにメディアの露出が多い。だから、自校がこれら分野で知名度を上げれば、必然的に生徒・学生という顧客の獲得が容易になると考える。学校側はこんな「広告的」感覚(残念ながら教育的認識ではない)で一部スポーツの強化を図るので、これまではとにかく「強くなるためならナンデモアリ」みたいな風潮があたりまえのようにまかり通ってきた。「スポーツ選手は勉強なんかする必要はない」的な発想がその典型で、部活の担当者(監督やコーチ)は勉強二の次で、とにかくスポーツ漬けにする。一方、選手が指導に従わなかったり、成績を上げることが出来なかったりすれば、暴力を含んだ各種のパワハラで選手たちを手懐ける。酷い指導者となると、学校側に「スポーツで忙しいんだから、選手には授業に出なくても単位を与える配慮をせよ」みたいな発言もあたりまえのようにしてくる場合も。しかしスポーツ選手は大切な広告塔、だから学校側もあまりこれに対して反論は出来ない。その結果、こうしたパワハラが日常的に発生・浸透し、しかもその事実を学校側は隠蔽する側にまわっていく。かくして悪しき風習は多くの人間が知っていながら表沙汰になることなく、これまでずっと続けられてきた。

ところが、レスリングの伊調馨問題あたりを皮切りに、マスメディアのスキャンダリズムは「これはおいしいネタ」とばかり、次々と同様のネタに飛びつくようになった。ここ1年で雨後の竹の子のようにこれら問題がマスメディア、とりわけワイドショーで取り上げられるようになっているが、これはなにもマスメディアが特ダネでやっていることではない。もともとこういう風潮がずっとあり、マスメディアもそれを知っていながら、ネタにはならないので取り上げてこなかっただけのこと(スポーツ中継がコンテンツ的においしいという事情もある。この場合のマスメディアの感覚は正義の味方の反対の「弱気を挫き、強気を助く」という、タケちゃんマン的な「権威にすがる図式」となる(古い!)。当時はヘタにスキャンダル化すると視聴率や購買部数に影響を与えかねない、スポーツ界から締め出しを食らう可能性があるという懸念があった)。それが、恐らく伊調問題で「ネタとしておいしい」「隠蔽するよりバラした方が儲かる」と、費用対効果的立場からマインドセットを変更したのだ。理由はすでに述べたように「人が犬に噛みつくと事件になる」「権威者・セレブの不幸は蜜の味」の二つの要素がガッツリ備わっていたからだ(加えてパワハラ・セクハラ批判報道が注目を集めていることも大きい)。だから、これまで報道しなかったネタを各メディアが一斉に取り上げはじめ、「スポーツ界パワハラ祭り」が発生したというわけだ。もともとネタならいくらでもあるんだから、すっぱ抜くのは簡単だし。

アマチュアスポーツ界が健全化する?

しかしこの祭りは結果として学校教育界、アマチュアスポーツ界の悪しき風潮を一掃する契機ともなっている。これだけあっちこっちで取り上げられるようになると、もはやパワハラ基調のトレーニングなど平気でやることは出来なくなってしまうという風潮が生まれる。その結果、つまり潜在的順機能として、教育界におけるスポーツトレーニングの方法、スポーツ教育のあり方が健全化するという「予期せぬ良い結果」を生むことになるのだ。

個人的には、こうした出歯亀主義的なものは「質の悪い報道」であることに何ら変わりがないとしても、スポーツ界の健全化に向けての費用対効果を考慮すれば続けもよいのではないかと思っている(もちろんフライング的報道も次々と登場し、それによって被害を被る人間が登場することもあるだろうが。いや、もう発生しているかも知れない)。

つまり、これは「必要悪」なのだ。

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