勝手にメディア社会論

メディア論、記号論を武器に、現代社会を社会学者の端くれが、政治経済から風俗まで分析します。テレビ・ラジオ番組、新聞記事の転載あり

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ハングリー・マーケティングという手法

4月12日、村上春樹が『IQ84』から3年ぶりに新作『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を発売した。代官山の蔦屋書店では11日夜に日付が変わる1分前からカウントダウンが行われ、この様子があちこちのメディアで報道された。また、初日の発行部数で50万部と、出足は前作を凌駕する勢いで、もはや「祭」と化した感すらある。

ただし、この「祭」、仕掛けがある。いわゆるハングリー・マーケティングと呼ばれる手法だ。これは情報を発売前に抑えて飢餓感を煽り購買意欲をかき立てるやり方。これがおおっぴらに用いられるようになったのは古くは35年ほど前の角川春樹事務所の映画戦略に遡るが、最近では村上の出版物に顕著だ。2009年の『IQ84』のときが典型で、この時にはタイトル以外、一切情報が外部に漏れることなく、これによって「今度の村上の作品はどうなるのだろう?」という期待感を抱かせ、それが発売と同時の爆発的ヒットに繋がった。また、この時は上下二巻で出版日を前後させたために、今度は二作目の発売の期待が生まれて一作目がさらに売れるという現象まで出現するに至った。そして今回の新作だ。全く同じ手法が使われているといっていい。今回も前回と同様、書き下ろしであり、その内容が全く外部に漏れていない。だから、飢餓感はいやがおうにも煽られる。
そこで、今回はこのハングリー・マーケティングの手法について考えてみよう。どういった条件で、どのようなやり方をすることでこの手法は効果的に働くのだろうか?

Appleのハングリー・マーケティング

ハングリー・マーケティングの手法を得意とするのはAppleだ。たとえばiPhoneを取り上げてみよう。スティーブ・ジョブズ生前時、Appleはベタなハングリー・マーケティングの手法を採っていた。新製品が出ると期待させ、なかなか出さず、しかも情報が一切といっていいほど外に漏れない。これでユーザーたちの間で期待が盛り上がり、その飢餓感がピークに達した瞬間を狙って、新作をリリースしたのだ。

ただし、全く情報が事前に外部に伝えられていなかったわけではない。少なくとも噂のレベルではさまざまな情報が流れ、それが「食欲をそそらせる」という呼び水効果をもたらしてもいた。もっともジョブズ逝去後は、この方針がちょっと変更されている。事前にかなりの噂や信憑性の高い情報が漏れるようになったのだ。だが、これも別の意味での「飢餓感の煽り」であることに代わりはない。つまり、ハングリー・マーケティングは「全く情報を外部に漏らさない」ことではなく、「漏らさないと言うことでメタ的な情報がひろがり、それが購買意欲を煽る」という手法と考えた方が妥当なのだ。

村上の受賞が購入意欲を煽る

だが、村上の場合、本当に外部に一切情報が漏れない。だからAppleのそれとはちょっと違うのでは?と考えたくもなる。ところが村上の場合には結果的に作品と関わりのないところでハングリー・マーケティングが展開され、それが飢餓感を煽る=期待を抱かせるという循環を作り上げている。それは村上、そして村上作品が世界的な名声のある賞を獲得することで結果として発生する「マーケティング」だ。とりわけ毎回候補に挙がるノーベル文学賞は最たるもので、その都度「村上祭」が展開される。だから、これは仕掛けているわけではないが、結果としてマーケティング=プロモーションになってしまっている。そして、こういった賞の受賞や賞へのノミネートは、翻って新作への期待感へと転じるのである。

ハングリーマーケティングを可能にする二つのポイント

じゃあ、こうやって発表を出し惜しみして飢餓感を煽れば商品は簡単に売ることができるのか?というと、話はそんなに甘くはない。そのためにはいくつかの条件がある。それらは一言で表現すれば「期待感を煽るインフラを構築していること」ということになる。

一つ目は、あたりまえの話だが、売ろうとする対象に知名度があること。たとえば僕が著作を出版するとしてハングリー・マーケティングをやったとしたらどうなるだろう?つまり発表を出し惜しみするのだ。すると、発売された瞬間……誰も買わずに終わりということになる(あたりまえだ)。つまり、かなりの地名度がなければこの手法は全く功を奏さないのである。無名でもこれが可能になる方法は一つ。膨大な金をかけ、無名の人間の知名度を上げること。76年、角川春樹事務所が薬師丸ひろ子を売り出したのがその典型的なやり方で、この時角川事務所は薬師丸を自らの制作した映画と情報誌でしか露出しなかったのだ。お陰で彼女の登場した映画は大ヒットを遂げることになる。

二つ目は飢餓感を煽るローテーションを組むこと。頻繁にやったら飢餓感は感じられない。ちょくちょく露出するので満足してしまうかhらだ。一方、その逆もまた真。露出が不定期だったり、あまりに長かったりすると今度は消費者の方が待つためのスパンがわからなくなる。言い換えれば、ほどほどのスパンで、かつこれが定期的であることで、その飢餓感は「いずれは必ず払拭される」という期待を抱く。そうすることで商品に手を伸ばそうとする欲望が表れる。人は容易に達成可能なものにも、達成が限りなく難しそうなものにも手を出さないのである。

再びAppleを例に取ってみよう。主力のiPhoneもiPadもほとんど同じ時期にリリースされている。つまり「そろそろ出る頃ではないか?」という期待が湧いてくるようにローテーションを設定しているというわけだ(ということは次の村上の新作は2016年の終わりか17年のはじめあたりということになる)。ファンたちはこのスパンを意識しながら首を長くして新作のリリースを待つのである。

商品それ自体が何かを期待させること

ただし、こういったハングリーマーケティングは、実はさらにもう一つ条件が設定されなければならない。それは「リリースされるものそれ自体に魅力があること」。とりわけ「何かそこに常に新しいものが必ずあると期待させること」だ。そして、その期待に応えてきたこと。村上作品とアップル商品はこの点で共通している。

もっとも、ここまで「現象」と化してしまうと、もはやその魅力はそれ自体が備えるのとは異なったところで魅力を発しているとも考えなければならない。それは、いわば「メタ魅力」。「魅力的であるというイメージが魅力的」というトートロジカルな魅力だ。つまり、iPhoneはiPhoneが本当に魅力的であるかどうかではなく「iPhoneが魅力だから」というイメージに魅力を感じる。村上作品も中身ではなく「村上作品は魅力的」というイメージに魅力を感じる。言い換えればブランド消費とでも表現できる域にまで達している。深夜に蔦屋で行われた発売のためのカウントダウン。Appleストアで展開されるiPhoneの発売と全く同じ図式の背後には、こういったメディア・イベントとしての作用が働いていると考えるべきだろう。

ハングリーマーケティング。こういったさまざまな条件が揃わなければ実現しない、簡単にやれそうでいて、実はなかなか難しいマーケティングなのだ。

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