勝手にメディア社会論

メディア論、記号論を武器に、現代社会を社会学者の端くれが、政治経済から風俗まで分析します。テレビ・ラジオ番組、新聞記事の転載あり

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Twitterバブルの終わり?

現在、僕はタイの安宿街カオサンで学生たちとともに日本人バックパッカーを対象に調査を行っている。手法はアンケートとフィールドワーク。これまで20年近くに渡って主にバックパッカーの旅行意識と情報行動を調べてきたのだけれど、この三年間はスマホ(そしてタブレットPC)、そしてSNSの使い方に注目している。

で、今年はSNSをめぐってバックパッカーの間ではその利用方法に大きな変化があった。バックパッカーはパックツアーの旅行者とは違って、主体的にアタマと脚を使って旅する旅行者。必然的に情報感度が高い人間が多い。だから、電子メディアの利用についても数年先を行っているということが予想される。事実、カオサンに投宿するバックパッカーたちが採用する行動の多くが、その数年後に日本全体に浸透するという状況を僕は何度も目撃してきた(ちなみに至近の例だと、昨年の調査(2012年8月)ではスマホの所有率が8割だった。今年(2013年8月)はどう見ても9割を超えている。つまりスマホ所有率が異常に高いのだ)。ということは、バックパッカーの情報行動を見ることが数年先の日本人の情報行動を予測することになる。まあ、こんな実感に基づいて調査を毎年行っている。

SNS勢力に変化が

で、今年起こった変化で最も顕著だったのが「三大SNSの勢力図の変化」だ。Facebook、Twitter、LINE、この三つの勢力関係に変化があったのだ(ちなみにmixiは完全にオワコンになりました)。昨年は最も利用されているSNSはFacebookで、次いでTwitter、LINEが続くという順序だったものが、今年は一位がLINE、二位がFacebook(二つは逼迫している)、そして三位が大きく下がってTwitterとなったのだ。Twitterを使わないバックパッカーもかなりの割合で増加しているようだ。現在データ集計がまだ終わっていないため、詳細な数値はこのブログでの後の報告に譲るが、とにかくどうもTwitterの旗色が悪いらしいのだ。で、ちょっとオワコン的な扱いをしているバックパッカーたちまでいる始末。この原因はどこにあるのだろう。

そこで、調査を行っている学生たちとTwitterについてちょっと考えてみた。メンバーは11人。いずれも大学三年生。実は、彼らも以前に比べてTwitterを利用しなくなっているという。一方、僕は、最近、アカウントを取得して一年目にしてちょっとTwitterの使い方を覚え、いろんな使い方をし始めている(TwitterというSNSが、きわめて独自性が高くて便利なSNSであることを認識し、利用度が高まったのだけれど)。だから、僕は、あえてカマをかけるようなやりかたで彼らに質問してみた。つまりこんなに便利なSNSを、なぜ君たちは利用しなくなっているのかといった調子で。するとその回答は、要するに僕がやり始めたTwitterの使い方と彼らのそれがまったく違っていたということを示すものとなったのだ。

特定他者とのコミュニケーションツールとしてのTwitter

僕はTwitterを、受信ではハッシュタグを打ち込んだり検索をかけて必要なデータを取り出す「情報収集の手段」として用いている。ちなみに、これには知りたい情報があり、それを集めるためにやるインストゥルメンタル=目的的なものと、ヒマつぶしにやるコンサマトリー=消費的なものがある。一方、発信では不特定他者を相手に自己表現をする手段として使っている。たとえば思いついたアイデアをツイートするといったのがそれで、これに対する反応を見て、自分の発言がどのように見られているかをチェックしたり、アイデアの備忘録としてツイートしておいたりというものになる(もちろんヒントをもらったりもしている)。いずれにしても「特定の者(とりわけ知り合い)に向けての発信・受信」はないし、実際、具体的な他者をまったく想定することなくツイートしている(強いて他者を意図するとすれば、僕がツイートしたジャンルや項目に関心のある匿名の人間ということになる)。またフォローやリプライ、リツイートの数については、そのアイデアの有効性を調べるマーケティングのツールみたいなものになる(実際、反応の多いツイートをブログに起こして詳細に展開するということもやっている)。こういったTwitterの使い方は、たとえば津田大介が著書『Twitter社会論』で指摘しているような利用法にかなり近い。

ところが、彼らにとっては、Twitterは「仲間内でコミュニケーションを図るツール」として使われている。フォロー数、フォロワー数は比較的少なく(概ね100人程度)、そのほとんどが匿名であったとしても「有名」、つまりハンドルネームでツイートしていても、それが誰なのかは相互フォローする間ではわかっている。要するにツイートは特定の他者が想定されたものになっている。さらに言い換えれば、これはmixiの代用みたいなも役割を果たしている。事実、学生たちの間でのTwitterの普及とmixiの衰退は同時並行していた。

だが、それによって弊害もまた発生している。Twitterは原則、世界に向かって情報が発散されている。言い換えれば公共性がある。これを仲間内のコミュニケーションに利用されれば、場合によっては知られてはマズイ内容が外部に漏れ、それが炎上を起こさせたり、バカ発見器の機能を果たしたりする。何のことはないプライベートな内容をパブリックに晒してしまっているのだから。

仲間内コミュニケーションはLINEへ

そこで、LINEの登場とともに、学生たちは、こういった「仲間内コミュニケーション」をこちらへとシフトした。LINEはトーク機能であれば完全にクローズドにすることができる。つまり、トーク内でバカをやってもバカ発見器に引っかかることはない。そこでmixiからTwitterへ引っ越したてきた若者たちが、今度はLINEへとさらに引っ越していった。こんなところではなかろうか。実際、学生たちのTwitter利用は減少傾向にあるし、今回のバックパッカーに至っては極端な減少が見られてもいる(今年6月に僕の大学の学生300名程度に行ったSNSの調査でもLINEの躍進、Twitterの衰退といった傾向が見られた)。

Twitterは何に使われているのか
僕は、この現象を「Twitterバブルの崩壊」と呼んでみたいと思う。つまり僕のような情報収集や発信の手段としてTwitterを利用しているユーザーや、ただ単にヒマつぶしの道具としてTwitterをチェックしているユーザーはマスではなく、実はこういった「仲間内ツール」として利用している層こそがTwitterのマスであり、この層が「仲間内ツール」としては操作性でもセキュリティ面でも進んでいるLINEの出現によって持って行かれた。まあ、全般的な傾向は明らかではないが、少なくとも大学生、そしてバックパッカーについてはこういったことが言えるのではなかろうか。

さて、前述した学生11人に、さらに「仲間内の連絡ツールとしてTwitterを使わないとしたならば、Twitterの使用をやめるか」というツッコンだ質問をしてみた。すると手が上がったのは8名だった。そこで、僕は手を挙げなかった3人に「じゃあ、Twitterをどう使うのか?」とさらに尋ねてみると、その内の2人は「情報検索ツール」と回答した。つまり僕と同じようにハッシュタグを打ち込んだり情報検索をかけて必要な情報を入手する。ただし、彼らの場合は、どちらかというとヒマつぶしにこれをやるということになる。そしてこの二人はほとんどツイートしていなかった。つまり受信専門のSNSとしてTwitterを使用していたのだ。そして僕と同じような使い方をしていた、つまり「不特定の他者を相手に情報の受信・発信双方を行う」っているのは、残りの1人だった(この学生はかなり積極的にTwitterを利用していた)。

TwitterというSNSの再定義?再認識?

もちろん、統計的な裏付けがあるわけではないので、今回の報告はあくまで僕の周辺で起こっているTwitter利用についての印象でしかないのだけれど、もしこの事例が一般性を持っていたとしたらTwitterはLINEの出現、そして近年のネットバカ若者騒動の頻発といった事態の影響を受けてSNSの機能を大幅に変更する可能性が考えられる。つまり若者たちの「仲間内コミュニケーションツール」としての機能をTwitterが終え、その一方で津田のような論者たちが指摘してきたような匿名の不特定他者に向けての情報受信・発信機能へとその利用が特化される。

ただし、こういったTwitterにおけるメディア特性の変化は、必然的にTwitter人口の減少(それもかなりの数の)を生むだろう。よくよく考えてみればTwitterというSNSは、きわめて個の自立を前提とするツールだ。いちばんわかりやすいのがジャーナリストによる利用で、検索をかけていくことで情報をリアルタイムに収集し、それをコンテンツとしたり、コンテンツのヒントとして利用する。あるいはSNSを使って自己表現を行おうとする人間たちが、自らのアイデアや思想をツイートし、こういった者に関心を抱いたユーザーがブラウズしたりフォローしたりする。こういった利用をする人間は、いわば「近代主義者」。だから、学生→若者がやってしまうように「バカ発見器」に引っかかることもない。

また、ヒマつぶしのツールとして使われることもあるだろう。この場合は同好の士とゆるいつながりを持ったり、もっぱら検索をヒマつぶしにやるという使い方になる(もちろん、この場合は受信専門だ)。インストゥルメンタルに使うのであれ、コンサマトリーに使うのであれ、まずそこで前提されるのは、実は自立し、社会性を備えた個人と言うことになるのではなかろうか。

まあ、だからTwitter論者たちがこちらの使われ方、つまり不特定多数の他者とのゆるいコミュニケーションに注目したのはよくわかる。なぜって、彼らはジャーナリストや論壇の人間で、情報の出し入れを専門としているからだ。逆に言えばだからこそ、若者たちがやるようなTwitterの使い方が見えなかったということになるのだけれど。

Twitter、そのバブルがそろそろ崩壊しつつあるのかもしれない。

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興味深く読みました。
賛成しますが、ひとつだけ…
>そこでmixiからTwitterへ引っ越したてきた若者たちが、今度はLINEへとさらに引っ越していった。
Twitter→LINEはそのとおりかと思うんですが、2004年に始まったmixiブームを知る世代ってもう「若者」ではないですよね。
いくつまでを「若者」とするかの定義次第ですが、当時18歳ぐらいだった人たちはもういい大人なのでは。

2013/8/21(水) 午後 11:52 [ torrr_an0ny ] 返信する

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