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今年の夏も、メジュゴリエでユースフェスティバルが開催されます。
(2009年8月1日〜6日)
今年のテーマは、
「わたしがあなた方を愛したように互いに愛し合いなさい」
です。
さて、去年のユースフェスティバルでのシュテファンの証しをここで紹介させていただきたいと思います。
彼の大変正直な告白を、私は自分の息子のことを思いながら微笑ましく読ませていただきました。
彼の報告は大変詳細で長いので、勝手ながら短くまとめさせていただきました。
それでも長いので、二回に分けることにします。 ヨゼフィーネ
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証し:「神様と一緒なら決して退屈しない」
シュテファン・ノイバッハー
シュテファンは父親がプレテスタント、母親がカトリックという家に育ちました。
父親は特に信仰に熱心ではなかったため、シュテファンの宗教教育は母親に任され,彼はカトリックの洗礼を受けました。
「他の人と同じように普通に初聖体を受け、普通に侍者をしていた」と彼は語ります。
16才の頃から、土曜日の夜遊びに忙しくなったので--翌朝、ごミサに間に合うように起きるのが大変--という生活を送るようになりました。
アビトウア(卒業試験;ドイツではアビトウアをとらなければ大学へ進学できない)が近くなった頃、彼の「祈りの生活」が戻りました。
どうぞ試験にパスしますようにと、「主祷文」を祈りを始めまたのです。
「そのおかげかどうか知らないけど・・」彼は、アビトウアをとることができました。
無事に高校を卒業した彼は、民間奉仕(男子は高校卒業後、一年間軍隊に入るか、民間で奉仕の仕事をします)を終え、大学に進みました。
大学卒業後の自分の就く仕事について考えはじめる時期がやって来ました。仲間たちの話す職業に彼は少しも魅力を感じません。彼は、安定した、つまり退屈なものではなく、「何か特別な」職に就きたいと願っていました。
ある日も、そういうことを考えながら、彼は車で実家に向かっていました。ふと見ると、ほとんど使っていないロザリオが目に入りました。
その頃、彼はロザリオの祈りに慣れ親しんでいたわけではありませんでしたが、将来のことが何も見えずにいたので、「正しい道を教えてください」とそのロザリオを手にとって祈りました。
この日から、彼は、 実家と大学のある町を往復する際、つまり月曜日の朝とと金曜日の夜に(誰も同乗者がいない場合のみ)ロザリオを祈るようになったのです。
「でも、信号で停まる時は、口を動かさないように気をつけた。だって、誰かが見たら、変なヤツだって思うだろう?」
ちょうど彼がロザリオを定期的に祈りはじめた2002年の夏、RTL局でキャステングショー、「ドイツはスーパースターを探している」(日本の「スター誕生」のような番組)が始まりました。
シュテファンはその番組を「 名もない人にこんなチャンスが与えられているなんて、すごい、」と 最初から最期まで見ます。(番組は何週にも渡って続きます。大勢の中から毎週幾人かが振り落とされて行き、最期に残った数名が歌を競い、視聴者が電話で自分が気に入った人に投票し、最期に残った一人がデヴューできるというもの)
この年の優勝者が歌うのを見ながら彼は考えました。
「もしかすると、音楽で身をたてられるかもしれない。退屈な仕事ではないだろう。キリスト者のスーパースターっていうのもいいじゃないか。この次の優勝者としてあそこにいるのはボクかもしれない。」
こうして、彼は翌年、2万人の申込者のひとりとして、このスーパースター競争に彼も参加することになります。
何ヶ月もかけてのこの競争の様子は毎回テレビで放映され、しだいに候補者は振り落とされて行き ました。
ついに、最期の6名の中に彼は残りました。
大きな舞台で大勢の人の前で歌うのです。またその様子をドイツ中が注目しています。
審査員が視聴者なので、それぞれのひいきの歌い手にもっと親しみを持たせるための演出でしょうか、
一人ひとりが歌う前に、その人を取材した短いプロフィール映像が流されます。
シュテファンの番が来ました。
彼は歌う前に、会場の皆といっしょに自分のプロフィール映像を大スクリーンで見ますが、彼は大きなショックを受けてしまいます。
一時間以上ものインタヴューを受けて、スポーツのこと、女性のこと、他の趣味の事を多く語ったのにも関わらず、画面の中の彼の口からでるのは、「神、神、神」ばかりでした。
「ボクは神様を信じています」「神はいるのです」「もし、ボクが最終審査に残るなら、これは神様のご意志です。」
「イエズス、なんてこと!ドイツ中の人の家庭にこんなことが放送されるなんて!」
動揺した彼は、リハーサルの時とは雲泥の差の出来で歌ってしまいます。
結果は、落選。
最終審査に残る事はできませんでした。
彼は大変がっかりし、すっかりうちひしがれ、もう将来に何の希望も見いだせないような気持ちになってしまいます。
しかし、「そうだ、敗者復活戦がある」と、彼はまた元気を取り戻します。
ところで、彼は、自分がキリスト者だということを皆が知ってしまったことが、恥ずかしくてたまりませんでした。
「イエズスはこのとき、イエズスのために証しをするとはどういうことなのかを垣間見せてくださった」と、後に彼は語ります。
「それを知った他の人たちの態度にもボクは辛い思いをしました。自分で考えていたほど、イエズスのために証しをすることは簡単ではないと気づいたのです。」
この様な事を考えながら彼は帰途をたどります。
「イエズスを証しすることも、スーパースターになることもできなかった。」そして、彼はイエズスに言います。
「イエズス、もし、あなたが二度目のチャンスをくださるなら、がんばります。イエズス、どうかもう一度チャンスをください!」
イエズスは彼のこの願いを聞き入れてくださったようで、彼は敗者復活戦に臨むことができました。
彼は全力をつくします。
が、ここでも敗戦。
「スーパースターの夢は終わりだ!」
「また日常の生活に戻るなんて、とても我慢できやしない!」
(ここに至るまで、彼は専属の歌指導者について合宿訓練を続けてきました。その生活はまるですでにスターのそれのようで、毎日刺激に満ちあふれていました。)
「おい、上にいるお方! あんたのせいだ! どういうことか説明してくれないか! これがボクの道じゃないなら、最初に落としてくれって頼んだじゃないか! ところが、どうだ。こんなところまで、ドアが開いているところまでまでボクを連れて来て、鼻の先でピシャリと閉めるなんて! ボクの夢が叶って、ボクが幸せになるのを、あんたは望んでいないみたいだ! たいした神様だっ!」
つづく
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