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村上春樹はわりと好きな作家だ。
長編はほとんど読んでいるし、この先も読むだろうと思う。
好き嫌いが二手に別れ勝ちなこの作家について、
「わりと」好き、というのは少しめずらしいだろうか。
この短編集には
「TVピープル」
「飛行機―あるいは彼はいかにして詩を読むようにひとりごとを言ったか」
「我らの時代のフォークロア」
「加納クレタ」
「ゾンビ」
「眠り」
の6編が収められている。
それにしても、
村上作品の「妻」は、どうして黙って家を出てしまうのだろう。
今日、それを考えながらスーパーへ買い物に出かけたら、
道行く人にちょっとじろじろと顔を覗き込まれた。
少し、表情が深刻すぎたのかもしれない。
そういえば、深刻そうなニューヨーカーって、見たことない。
村上春樹は、おそらく誰もがそう感じるように、西洋的だ。
外国語に翻訳しても、その作品の魅力が変わらないだろうということは、
容易に想像できる。
「オーケー、…」とか言うし。
しかし、だ。
「妻」が家出をするとき、その夫と、なんの議論もせず、
ある日突然、まあTVピープルがやってくるとかの予兆はあるにせよ、
とにかく、黙って、突然、居なくなってしまう。
このことは、西洋的とは言いがたい。
以前使っていた英語の教材で以下のような例文があった。
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<日本式>
ケイト:ヒロミはどうして昨日あんなに黙っていたの?
ユミ: 誰の感情も傷つけたくなかったのよ。
ケイト:でも本当の気持ちを言ったほうがいいと思う。
ユミ: 日本人は議論を避けたがるのよ。
ケイト:それでは問題解決にはならないと思うわ。2人とももっと話し合わなきゃ。
ユミ: 日本社会では物事をスムーズに動かす上でその曖昧さがうまく働いているのよ。
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英単語・熟語ダイアローグ1200改訂版、旺文社、2005.
話し合いもせず、黙って家を出て行くというのは、
おそらく日本的な行動なのだ。
以前「デリカシー」の記事でも書いたが、
日本人特有の曖昧さが苦手なわたしにとって、
村上作品の「妻」の行動はとにかく不可解極まりない。
まあ、主人公も当惑して「ねじまき鳥」ではかなり悪戦苦闘していたように思うけれど、
それでも決してわかるように説明はしてくれない。
だからこそ文学的なのだが。
とにかく、そこらへんの「わからなさ」が、
村上春樹、「わりと」好き、程度に留まらせている理由なのかなと思う。
村上春樹も夫と同じ、京都生まれなのですよ。
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