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赤
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--- コンビニの駐車場を出て目の前の国道に出ると、信号待ちの列に加わった。 助手席では彼氏がユーロビートのCDを物色している。 彼氏が乗るといつでもユーロビートを聴かされる。 4リッターの黒のアリストからパラパラの音が聴こえたら、 間違いなくアホのヤンキーだと思われるだろう。 彼氏がCDをプレイヤーに入れる前に、私は全ての窓が閉じていることを確認した。 ――♪時代にホラ呼ばれてるの やっぱ ウチらが イケてるでしょ パラッパパラパ♪ なんて歌詞。なんて音。 だけどこれは音楽じゃないと思ってしまえば少しだけ楽になる。 信号が青に変わる直前に、右隣に停まっている車から視線を感じてそちらを向いた。 若い男がふたり。 運転席の男は軽く身を乗り出してこちらを見ている。 国道とはいえ、住宅街の夜の11時だから、暗くて顔ははっきり見えないが、 明らかに、私を見て、なにやらニヤニヤしながら話している。 向こうの車の助手席の窓が開いた。 信号が青に変わったので、私は前を向いて車を発進させた。 なんだ?あいつら。 助手席に男が居るの、見えなかったのかな。 彼氏が気付かなくて良かった。モメたりしたら、めんどくさい。 それにしても、ふたりとも、相当ないい男だったな。 皺のない濃い色のスーツ着て、車は、あれはレクサスだったか。 助手席の男の顔は、かなり好みだった。 結局、私はああいう、ボンボンみたいな顔が好みなんだな。 さりげなく助手席の彼氏の顔を盗み見る。 改めて見るまでもない、好みの顔じゃない。 競馬とRPGが好きで音楽はユーロビートしか聴かない、顔も好みじゃない。 だけど、仕事は堅くて真面目にやっているし、酒に飲まれない。 何より、「愛してる」なんて真顔で言われたのは初めてだったから、 あんまり驚いて、断れなかった。 さっきからジーンズのお尻のポケットで携帯が震えているが、運転中だから、出ない。 一人だったら出るのだけれど、彼氏は運転中の携帯操作を凄く嫌がる。 いつも人に運転させておいて、運転規則にはやたらとうるさい。 シートベルトはもちろん、速度は厳守だし、三点確認も怠るとガミガミ小言を言う。 命根性が汚いんだな、きっと。 そういうところが、これまでつきあった、どの男とも違うところだ。 それに、こいつはときどき「永遠」みたいなことを言う。 「死ぬまで」とか「ずっと」とか、ぞっとするようなことを平気で言う。 私はそういうとき、いちいち分かり易く嫌な顔をしているつもりだけれど、 それをこいつは私が不安がっているとでも思うらしく、 ますます「絶対」とか「本当だ」とかサムい空気を濃厚にしていく。 こいつはそういうサムい幻想を本気で信じているらしい。 言った本人がいくら信じていたって、嘘は嘘なんだけれど、あんまり真剣だから、 私も仕方なくあきらめて、信じているふりをする。 そうするうちに、嘘が嘘じゃなくなる、なんてことは、「絶対」にないけれど、 こいつがそういう嘘を言葉にするたびに、 私の内部が僅かに短く痙攣するように、狭くなってこいつを締め付けてしまうらしい。 ひょっとすると、それが欲しくてわざとサムいことを言うのではないだろうか。 本当に、そうかも知れない。 部屋に着き、買ったビールをテーブルに置いて、冷蔵庫からハムを出して切っていると、 彼氏が後ろから腰を押し付けてきた。 ごりごりと硬いものをお尻にこすりつけられて、 それで私はさっき携帯が鳴っていたことを思い出した。 切ったハムを皿に盛り、片手で彼氏の股間を撫でながら、 お尻のポケットから携帯を取り出して着信履歴を見る。 思いがけない名前だった。 懐かしくて、切ない名前。 さっき国道で隣に並んだレクサスの、助手席の男の顔が、この名前と重なった。 あいつだったんだ。 私に気付いて、それで、電話してきたんだ。 どうりで、暗がりで、好みの顔なわけだ。 それにしてもどうして、今更。 しかも、あんなに楽しそうにニヤニヤして、窓を開けて私に話しかけようとしていた。 「誰?」 彼氏が携帯を覗き込む。 「元彼」 「ふうん」 「うん」 彼氏の手がTシャツをたくし上げて、私の左胸を掴む。 携帯に表示された、懐かしい名前がまぶたの裏で光る。 キッチンで立ったまま、ジーンズを下げて、彼氏が後ろから入ってきた。 そうか。 暗がりとはいえ、あの顔を見てすぐに思い出さなかったということは、 私はあの男を忘れていたんだ。 ずっと忘れない、と信じていたけれど。 やっぱり、「永遠」は、真っ赤な嘘だ。 --- 参考: 椎名林檎『ギブス』 号泣ギターがいいです。 ---
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