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有名な『アルジャーノンに花束を』でなんとか賞をとった後、
『24人のビリー・ミリガン』の前、の作品。
『アルジャーノンに花束を』は完全に完璧な作品だった。
中盤にかけて大きくクレッシェンドし
物語の終わりに向かってまた大きくデクレッシェンドしていく
チャーリーの知能。
物語としてのまとまり、
幸福とは何か、人間の尊厳とは、を問う、大きなテーマ。
とにかくすばらしい作品である。
『24人のビリー・ミリガン』と『ビリー・ミリガンと23の棺』は
これまた超有名ですね。
言わずとしれた24人の人格を持った人の話です。
その人格の中には小さな女の子(ビリーは成人男性)や
ビリーの知らない外国語を話す人もいたと記憶しております。
実在の人物への緻密な取材をもとに書かれたドキュメンタリーです。
圧倒的ド迫力の読み応え。
上記2作品を読んだ上で『五番目のサリー』を読むと
ビリー・ミリガンを書く前からダニエル・キイスが
かなり解離性障害について詳しかったことがわかる。
ダニエル・キイスがいかに行動科学・精神医学に興味があり、
人間の脳の限りなく広がる世界に魅了されていることが伺える。
内容はさておき、私はかなり久々に翻訳ものを読んだ。
10年くらい前までは、なにを気取っていたのか
ヨーロッパの小難しい古典文学ばかりを読んでいた。
それも堀口大学とかの訳のもの。
当時はなぜかそういう難しいのを「読まねばならない」と思って
読んでいた。
ほとんど楽しんではいなかったので、
あまり印象に残っている作品もない。
何事も楽しまないと成果を上げられない性質なのです。
人並みに人生の手引きになるような本を読み、
人並みに思考力もついてきたと奢っていた20代前半、
しかし実生活ではリアルに傷ついたり(もちろん恋愛が主ですね)
自分の行動を思うようにかっこよくコントロールできない自分をみて
本にある答えでは生の人生は乗り切っていけないことを学んだ。
そのころの私は『五番目のサリー』の「ノラ」だったんですね。
徐々に娯楽の読書をするようになったら、
自然と日本語を楽しむようになった。
文体、言葉選び、流れ、リズム、行間…
翻訳ものだとこれがなかなか楽しめない。
久々に翻訳ものを読んで、そのことを思い出した。
英語を日本語に翻訳するという気持ち悪さに慣れるまで
200ページあまりを要した。
英語には英語でしか表現できないニュアンスがあるし、
英語で言わないと笑えない冗談があるし、
日本語でも同様ですよね。
だからといって、
残念ながら英語の原著で読める実力はないので
翻訳を読むしかないのだから
仕方はないけれど…
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