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一向に書く気が出ませんでしたが、とりあえずまたしばらく更新できない日々が到来しそうなので、
このトピックを終わらせたいと思います。
 


この記事には、個人の主観による感想と観測が述べられております。
 
個人の主観論に対し不快感を抱かれる可能性のある方は、閲覧を御遠慮下さるようお願いいたします。
 


 
 
 
前回まで、徐々に男性主人公がアニメにおいて勇ましい立場をはく奪されていく過程をご紹介しました。
今回は、男性主人公がいよいよ主役という立場すら追われる顛末を検証したいと思います。
 
では、どのような過程を経ていったのでしょうか?
 
 
そのきっかけとしてまず挙げられるのは、「本格百合アニメという黒船の到来」があるでしょう。
そしてその黒船を指揮していたのは、 今野緒雪作「マリア様がみてる」にほかなりません。
 
イメージ 8
 
 
「マリア様がみてる」 通称「マリ見て」のアニメ化の衝撃は結構なもので、
それまでのラノベアニメや漫画原作アニメはミニスカを履いたムチムチな美少女女子高生がアニメヒロインとして王道であったのに対し、
少女向け文庫レーベルという異国から颯爽と現れた「マリ見て」の女子高生たちは、なんとも地味で質素な制服かつ、きわめてスリムで繊細な体型ながら非常に高貴な雰囲気を漂わせ、まさに一線を画すようなキャラデザインだったのです。
 
 
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左:ストラトスフォー(2003)     右: マリア様がみてる(2004) 
マリ見てのは、昭和時代のスケバンのロンタイを連想しそうなくらい、長いスカートである。
まるでパンチラ要素など考えてすらいないと言わんくらいに。
 
凛とした空気の女子高という箱庭、
凛々しい女性と美しい女性、可愛らしい女性が共演する高貴で純潔な恋愛劇。 
 
ある人は、「少女革命ウテナ」の再来を思い起こした人たちもいたのではなかったでしょうか?
 
 
 
悪く言えば、それまで俗っぽかった萌えアニメ・深夜アニメ界隈に、突如現れたまるで場違いな高貴な空気を纏った「百合アニメ」に、幾多の男性アニメファンはショックを受けたことと思います。
 
それまでのアニメといえば、先に紹介した「まぶらほ」「おねがいティーチャー」など、さえない一人の男性に3人4人の美少女が身を尽くしてくれるという展開が深夜アニメの主軸であったのに対し、この黒船には男性キャラクターがまるでおらず、ごくごく普通にそして何よりも純情な女性同士の恋愛を描いていたのですから。
 
当時の月刊ニュータイプの記事には、
「この少女たちにとって、この世に男性なんか一人もいなくたって幸せになれる。」といううたい文句がわざわざ書かれていたほど、まだ「百合」というものはアニメにおいてメジャー化していなかったのです。
このまるで男性を疎外するような文句で男性ファンがきちんとついていってしまってしまったのですから、やはりこの「マリア様がみてる」の求心力は尋常ではなかったと言えましょう。
 
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「女子高生同士のプラトニックな恋愛」を描く「マリア様がみてる」ですが、その作風はかなり少女向け文庫らしく大人しめであり、キスシーンや抱擁シーンがあまり登場しません。
「ロザリオを渡す」それが最大の愛情表現であることが作中のキーとなっているため、直接的な愛情表現は避けられているのかもしれません。
 
ですが、その中で過去談である「いばらの森」の回は、なかなかに刺激的であったように思えます。
 
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この少女同士の一途で精一杯の愛情表現に、ただただ視聴者は憧憬を抱くばかりである
 
なにしろ、下級生の少女に心引かれた先輩の少女が、人けのない森の中で抱き合ったり、別れを告げられた時には我慢できずキスをしあったり、終いには昭和のドラマよろしく駆け落ちまでしようとするシーンまであったりと、
冴えない男にホイホイ付いてくる美少女とのご都合主義恋愛に目が肥えていた深夜アニメファンにとっては非常に新鮮に映った回だったのではないでしょうか?
 
まるで華やかさとは裏腹の柊の枝葉のような深緑の制服の下に、精一杯の純潔な恋心を秘めた少女達の群像劇に、それまでの萌えアニメとは異なる、全く新しい可能性が開いていったのは言うまでもありません。
 
余談ではありますが・・・。
陶然と言えば当然かもしれませんが、この原作の作者及び絵師さんはどちらも女性です。
ここで、女性作家の趣向レパートリーの奥深さにただただ舌を巻かざるを得ませんね。
 
女性作家の独壇場であるボーイズラブ、少女マンガの伝統であるティーンズラブに加え、ガールズラブすらも
女性作家が先陣を切ってあらゆるロマンス文化を作り上げてしまっている現実があるのです。
 
その一方で、男性作家は一体何を作ったかというと、ジャンプやマガジンなどを見ればわかる通り、格闘と戦争、そしてハーレムが主要作品となるわけですが…。
高度経済成長時代の「ルパン三世」「宇宙戦艦ヤマト」や、・バブル好景気時代の「北斗の拳」「ドラゴンボールZ」「シティハンター」等は男性たちの力強い華やかさが歓迎され持てはやされていましたが、
 
バブルが崩壊してすっかり景気後退が定着し、「力強さ」という幻想になんら希望を見出さなくなった日本人のナイーブ化に伴い、徐々に女性的な感性と恋愛観が男性にも浸透していったことが、やおいや百合などの本来マイナーな世界がメジャー化したことに貢献している一面もあるように思えます。
 
 
 
さて、「マリア様がみてる」に端を欲した、アニメ・漫画における「百合ブーム」
美しくきれいな恋愛には、男性すらいらない。
しかし、いつまでも少女漫画の作風ではなかなか思うようにはアニメファンは湧いてこないことでしょう。
 
実際、「マリア様がみてる」の少女漫画の風味はかなり強い物で、なにしろその出身は伝統ある少女向けレーベル「コバルト文庫」だったのですから。
 
そうして、「深夜アニメファンが本格的に好む百合作風の創出」を叶えたアニメがついに登場しました。
それが、「神無月の巫女」でした。
 
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このアニメは、少女漫画臭さを忌避し「マリア様がみてる」のファンにならなかったファンにも興味をひきつけるようになっていました。
その工夫が、「ロボットアニメ作品」という形式上の看板と、大神ソウマという「形式上の男性主人公の配役」です。
 
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一見、王道の好青年系主人公であるが…
この大神ソウマというキャラクターが、このアニメで一番衝撃的な役割を演じていたのです。
そしてそれが同時に、「百合による男性主人公の否定」という決定的な下剋上をアニメシーンに刻み付けたと言ってよいでしょう。
 
なにせ、第一話で明らかにソウマの許嫁、カップルになっていた姫子が最終的に同性の千歌音に強奪され彼女らが結ばれてしまうのですから。
 
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これはかねてから百合専だった人たち(少女セクトとか少女革命ウテナ時代とかCCさくらとかの時代からのファン)にとって「よくぞやってくれた!」と言わんばかりに愉快爽快、胸のすくような思いだったでしょうねww
 
まさに薔薇革命ならぬ百合革命、時代の移り変わりを決定付けてしまったのです。
 
 
主人公は少女。
ヒロインも少女。
少女が少女の為に戦い、命を賭けたり、一緒に平和な日々を謳歌する。
2000年代最初期に放映された「NOIR」で描いた物語の趣向が、5年以上の月日を経てようやくメジャー化したのです。
 
その後、百合アニメ、もしくは百合が常態化したアニメはウナギ登りで増えていくことになります。
「ストロベリー・パニック」
「咲〜SAKI〜」
「キャンディ・ボーイ」
「とある科学の超電磁砲」
「ストライク・ウィッチーズ」
「ブラック・ロック・シューター」
「ベン・トー」等等。
 
二次創作方面とはいえ、「魔法少女まどか☆マギカ」も百合的なニュアンスが強いようですね。
なにせ、デザイン的にも本筋的にも「美樹さやか=佐倉杏子の王子様」というイメージを印象付けているので。
 
しかし、百合作品が徐々に勢いづいた一方で、逆に恋愛感情を抑えた作風も強くなっていきました。
すなわち、
登場人物が恋愛感情を持たなくても、男性無しで成立する物語への潜在需要が高まっていくのです。
経済不況が一向に好転せず、その上女性の社会進出による男性弱体化が激しい背景からか、
「ガツガツした女性のいない、無垢な少女達の競走の無い平和な日常アニメ」への需要が勃興したのです。
 
・・・そう、90年代末に登場した「あずまんが大王」が、単独で切り開いた世界が、ようやく本格的にビジネスを秘めた金鉱へと発展していくのです。
 
 
そうして、満を持して登場したのが、ご当地ブームの先祖たる「らき☆すた」、そしてエヴァンゲリオン以来の一大アニメムーブメントを引き起こした「けいおん!」でした
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かたや、実在の神社に大量の参拝客を呼び込むキッカケとなった美少女だけが出てくるアニメ。
かたや、登場した楽器が売り切れになり各小中高大の部活動に軽音楽ブームを引き起こした美少女だけのアニメ。
その経済効果たるや何千万どころか何億どころか何十億円にまで
 
少女だけの恋愛する作品も、恋愛をしない作品も、
とかく女性主人公であることが2010年代の売れるアニメファクターになっているように思えないでしょうか?
 
 
いかがですか?
もはや、男性主人公なんていてもいなくても大した人気を取れてしまうことが、実際の金額に換算して証明されてしまったと言っても過言ではなくなってしまったのです。
いまや、男性主人公は、より可愛らしく・より凛々しい美少女が肩代わりしても差し障りなく良好な売上をたたき出せてしまっている現実。
その陰に、男性主人公たちは静かにステージから姿を消そうとしている・・・。
 
 
どこか、日本男子サッカーにかわって日本女子サッカーが人気の主役になりつつある日本サッカーに似た物があるようにも思えるのは・・・私の思い違いでしょうか?
 
 
 
かつて、メイン視聴者の男性にとって規範となる、もしくは憧れとなっていたはずの男性主人公たちは、やがて視聴者たちの羨望の的となる美少女にとって代わっていきました。
これからのアニメ・漫画は、どのような羨望の的となるべく変わっていくのでしょうか。
 
2010年代は、まだまだ始まったばかりです。

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