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私が羽ばたき学園を卒業してから、もうすぐで1年ががたとうとしている。
街はバレンタイン一色で、どこもかしこも真っ赤なハートで埋め尽くされ、私を憂鬱に追い込む。
「ねえ、あずさはチョコどうすんの?やっぱ手作り〜?」
奈津実がひじでわき腹をつつく。
「・・・わかんない。まだ考えてない。」
つっけんどんに答える私を、一瞬驚いたように見る。
「どした?ヒムロッチと喧嘩でもした?」
無言で首を振る。
「喧嘩なんかしない。だいたい、喧嘩にならないもん。」
ため息混じりにそう言うと、まあね、とそれには奈津実も納得したようにうなずいた。
「じゃあ、どしたのさ。」
・・・・どうしたのかと聞かれても、うまく答えられない。
「浮気でもされた?」
その一言に一瞬ドキッとする。
まっさかね〜、あのヒムロッチが浮気なんてね〜。奈津実は楽しそうに自分で言ったことを自分で否定している。
反対車線から、クラクションの音が響いた。
二人で音のほうを振り返ると、見慣れた車の運転席の窓がスッと開いた。
「ダーリンのお出ましだ。なんだかんだ言って、仲いいんじゃないの。」
奈津実はうらやましそうに車を指差した。
「じゃね。ヒムロッチによろしく言っといて。」
「うん。ありがとね、奈津実ちゃん。」
軽く手を振ると、奈津実はくるっと背を向けて歩き出した。
「あずさ。」
横断歩道を渡りかけたときだった。
「そんなことないと思うけど、ヒムロッチがあんたのこと泣かすようなことしたら、あたし黙ってないからね。たぶん ・・・・・・まどかも。」
いつもより少し真剣な表情の奈津実だった。
「奈津実ちゃん・・・・。」
「あ、ホラ。例えばだよ。万が一、そんなことがあったら、ってこと。もうね、あいつも吹っ切れたと思うけど、そんな話聞いたら殴りに行っちゃうかもよ?」
私が何か考え込んでいることを、奈津実は分かっているようだ。
「・・・・ありがと。でも、大丈夫。ごめんね、心配かけちゃって。」
「お礼も謝罪もいらない。落ち込んでるあんたを見たくないだけ。」
じゃね!そう言うと、くるっと背を向けて人混みの中を走っていった。
奈津実の言葉に、少し気持ちが軽くなった。
車のほうを見ると、運転席の窓に頬杖をついてこっちを見ていた。
一応ニコッと笑って手を振りながら車に近寄った。
「ごめんなさい。お待たせしました。」
「早く乗りなさい。ここは駐車禁止区域だ。」
「はい。」
あわてて乗り込むと、音もなく車は走り出した。
「藤井は元気にやっているようだな。」
車が走り出してしばらくして、氷室が口を開いた。
「4月から写真の学校に通うって言ってました。やっと進路が決まったって喜んでました。」
「そうか。それはよかった。」
去年の3月の卒業式の日、氷室は確かに「愛している」と言ってくれた。
あの日からもうすぐで1年になろうとしている。
なのに、二人の関係はいまだに「教師・生徒」の域から抜けきれない。
奈津実や珠美ちゃんは、「本当にあの氷室先生と?」とかなり信じられない様子で何度も聞き返された。
「大丈夫なの?」と心配そうに何度も念を押された。
大丈夫!と、胸を張って言えたあの頃には、もう戻れないのだろうか・・・。
「どうした?清水。具合でも悪いか?」
「え?」
「やけに静かだ。」
「そ、そんなことないです。元気です!ご飯、食べに行きましょう。お腹空いちゃいました。」
あわてて明るい口調でそう言うと、少し安心したようにうなずいた。
「そうだな。久しぶりにあいつの店にでも行くか。」
氷室が席をはずしたのを待っていたかのように、益田があずさの横のイスをひいた。
「ねえ、あずさちゃん。零一のやつ、まだ『シミズ』って呼んでんの?」
ドキッとした。
この人、核心をついてくる・・・。思わずオレンジジュースが気管に入り、激しく咳き込んでしまった。
「・・・そうなんだ。甘くないやつだよな、相変わらず。」
そう言いながら、新しいおしぼりを渡してくれた。
「あずさちゃんは分かってやってくれてるとは思うけど・・・・。あいつにしたらさ、こうやって俺の店に君を生徒としてじゃなく連れてくること自体がすごいことなんだよ。奴にしたらすごい進歩なんだよ。物足りないだろうし、不安なこともいっぱいあると思うんだけどさ。」
まだ、咳き込みはおさまらない。涙までにじんできた。
咳き込みながら、首を横に振った。
「・・・心配してたよ、あいつ。」
益田の言葉に、一瞬息が詰まりそうになる。
「最近元気がないって。言う相手間違ってるよね。そういう心配は本人に直接聞かなきゃダメだって言ってるんだけど、『それができれば苦労はしない』って怒られたよ。」
咳はおさまりつつも、おしぼりから顔は上げられない。
「うわっ!」
益田が突然立ち上がった。いや、立ち上がらされた。益田の襟首を氷室がつかんでいた。
「何をしている。」
「・・・・怖いよ、零一・・・。」
「何をしているのか、聞いている。」
「・・・・・・・ 何も。ただの世間話だよ。じゃ、またね、あずさちゃん。」
氷室の手をパチンっと払いのけると、ひらひらと手を振って奥に戻っていった。
「何か、言われたのか?」
意外と強い力ではたかれたらしい。少し赤くなった手をさすりながら、あずさの顔をのぞき込んだ。
声を出そうとすると、まだのどに何かが引っかかってるようで、また咳き込んだ。
「やはり具合が悪いんじゃないのか。今日はもう帰ろう。送るから。」
そう言うと、後は有無を言わさない。
あずさのカバンを持ち、店を出た。
少し心配そうな目で、益田が見送ってくれた。
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