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「今日はもう寝なさい。これ以上具合が悪くなってはいけない。まだ夜は冷える。」
「・・・・・・・・はい・・・。」
車のテールランプが角を曲がって見えなくなっても、あずさは家の門の前に立ちすくんだまま車が走り去った方向を見ていた。
急に右手に振動を感じた。カバンの中で携帯電話が光っている。
氷室かと思い、あわてて手にして液晶を見る。
「・・・・・・まどかくん・・・。」
液晶に浮かぶ名前をしばらく見つめ、電話をとった。
『あずさ?』
「久しぶり。」
『おう、久しぶりやな。元気しとったか?』
久しぶりに聞く独特のイントネーションに、思わず口元がほころぶ。
「うん、まどかくんは?」
『相変わらずや。なあ、今から出られへんか?』
「今から?」
『・・・あかんか?実は俺な、明日から大阪帰るんや。』
「え?大阪に?帰っちゃうの?」
思わず声が大きくなる。
『ちゃうちゃう。1ヶ月か2ヶ月くらいや。でもまあ、しばらくジブンと会えへんし。』
「そっかぁ。しばらく寂しくなるね。」
『そやから。今から迎えに行ってもええか?』
「うん。待ってる。」
5分くらいで着くわ、そう言って電話は切れた。
5分ほどしてまどかはバイクでやって来た。
「バイクはめっちゃ寒いからな、コレ着とき。」
ヘルメットを手渡した後、まどかは自分の着ていたジャンバーをあずさの肩にかけた。
「でも、まどか君が・・・。」
「俺はダイジョウブや。慣れてるし、風邪でも引かせたりしたらどえらい怒られるしな。」
意味ありげにニヤリと笑うと、しっかりつかまっときや、そう言って静かにバイクは走らせた。
「どこまで行くのかと思ったら・・・・。」
「フフン、海につれてくるなんてベタやろ?でもやっぱり寒いな。来る場所間違えたわ。」
まどかが身をすくめて言った。真冬の海は想像以上に寒い。でも、空気が澄んでいて、気持ちが洗われるようだ。
「でも、めっちゃきれいやで。見てみ。」
まどかが指差す方向をみると、大きな観覧車が七色に光りながらゆっくりまわっているのが見える。
「ねえ、大阪って、実家に帰るの?」
あずさはそう聞いて、横に立つまどかを見上げた。
「うーん、帰るって言うか手伝いに行くっていうか・・・。バイトしに行くねん。」
「お父さんの会社に?」
「そ。なんや人手が足らんからとかいわれてな。俺も金貯めなあかんし、ちょうどええんや。」
座ろか、ジャンバー下敷きにしてええから。
そう言われて、砂浜にまどかと並んで座った。
「なあ、仲良うやってんのんか?あいつと。」
きた、と思った。
「きた、思ったやろ?」
思わず顔を見合わせて笑った。
「やっと笑ったな。ホッとしたわ。ホンマ、笑わへんジブンとしゃべんのはつらい。奈津実がえらい心配しとったで。それをまた俺に言いにくるねん。ヒドイやつや。」
おどけたようにそう言うまどかの口調に、また自然と笑顔になる。
卒業式の日、あずさはまどかからも告白されていた。
その時、天秤にかけたつもりはない。
自分はまっすぐに氷室を選んだはずだった。
それは間違いだったのだろうか。
まどかなら・・・・・。
そこまで考えが及んだ自分に驚いていた。
不意に涙があふれる。
「・・・・・・不安やろな。あんなんと付きおうてたら。」
だいたい想像つくわ。ため息混じりにそうつぶやく。
「付き合ってるって言えるのかな。」
「どういう意味や?」
まどかが少し身を起して、あずさの方を見た。
「だって何も変わらないんだもん。卒業前と何も変わらない。いつまでたっても先生と生徒なの。」
まどかの言葉で、堰を切ったように胸の中の思いがあふれ出てきた。
「けど、ちゃんと『好きや』って言われたんやろ?」
「一回だけだよ。それに私のことまだ『シミズ』って呼ぶし、手をつなぐのもいつも私から。口調も変わらない。 それに最近ね、先生のカバンに明らかに生徒からもらったんだろうなってわかる手紙とか時々入ってるの。」
「ラブレター、か?」
「たぶん・・・。中身まで見てないけど。」
「そういや、氷室もだいぶ柔らかなったって日比谷が言うとったな。腹立つけどあいつカッコええしな。機械性がなくなったらそらモテるやろな。」
まさか・・・、まどかが少し驚いたようにまたあずさを見た。
「まさか、奈津実が浮気がどうのってアホな事言うとったけど・・・・・。」
あわてて首を振る。
「そんな疑いはしてないけど、一緒なんじゃないかなって。」
「一緒って?」
あずさは何も言わずうつむいたままだ。
「その生徒とあずさがってことか?まさかそんなことあるわけないやろう。」
「じゃあ、どこが違うの?会うのが学校が外かだけで、他は何にも変わらない。私には違いが分からない。」
まどかに向かって言ったってどうしようもない事くらい分かっている。それどころか、筋違いにも程がある。
「ちっとも恋人同士じゃないもん・・・。私はいつまでたっても先生の生徒なんだよ。私ばっかり好きなんだもん。ズルイよ・・・・。」
もうあふれだした思いは止められない。
まどかの前でひどいことを言っているのも分かっている。
でも、涙は止まらなかった。
「そんなに泣かんといてーや。」
切なげなまどかの声がする。まどかの腕が、あずさを包み込む。
「俺、大阪行かれへんやん・・・・。」
その腕は一瞬だけ強く、後はまるで子供をあやすように優しかった。
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