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今日は伊藤博文の伝記を読みました。伊藤博文は1841(天保12)年に9月2日に、周防の国(山口県東南部)熊毛郡束荷村に、父林十蔵、母琴子の子として生まれました。幼名を利助といい、青白く小柄ながらも、腕白でとても賢かった。寺子屋ではとても熱心に勉強をしました。習字が特にうまかったといわれています。また貧乏の為に父が萩に働きに出ていてもいじけたりせず、陽気に振舞っていたそうです。1854(安政1)年、父十蔵が伊藤直右衛門の養子となったため、伊藤利助と名乗りだします。また、ペリーの来航のため相模の国(神奈川県)宮田の陣屋に行く時に、他の萩の武士はなかなか気がなかなか進まなかったのですが、当時足軽だった利助は出世できるチャンスだと思い、自ら進んで行きました。暇さえあれば、黒船や昔の日本の戦い方について詳しく調べたりするその熱心な姿を気に入られ、その時の隊長だった来原良蔵の従者となりました。そしてイギリスなどに留学したり努力をしたりしながら日本で初の憲法「大日本帝国憲法」と「皇室典範」を作り上げ制定しました。また総理大臣、韓国統監府の初代総監なども勤めました。見かけによらず何事にも熱心な伊藤博文はすごいなと思いました。 |

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