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道を隔てた前の家に、ディンクスの夫婦が住んでいた。長いこと二人だったが、2年くらい前に赤ちゃんが生まれ、奥さんは仕事をやめたらしい。
家で仕事をする旦那さんは、以来よく怒られている。声が聞こえる。
「私がこんなに大変なのに、なんで貴方は手伝ってくれないのよ!!!」
そうして、赤ちゃんがだんだん大きくなってきてからは、赤ちゃんが叱られてることが増えてきた。
「もう、だからダメだって言ってるでしょ。もうだいっきらい。」
奥さん大分、疲れて追い詰められてるな〜と思いながら、時折聞こえるそういう声に身をすくめる。私も昔、そうだった。
私だけがいろんな感想を持っているのかと思ったら、不登校の息子が実は、その声をよく聴いていたらしい。
昨日も体力なくて学校に行けなかった息子。
体調が思わしくないので、今本当はとても心配しているのだけども、彼が話し始めた。
こんな話は初めてだ。
「僕、あれ聴いてるとさ、本当に赤ちゃんに言う言葉じゃないと思うんだよね。
大嫌いとかさ。
そのうち、死んじゃえとか言い出すよ。
ママもさ、昔大変だったと思うけど、
アンナじゃなかったでしょ?」
なんて、、、。
いいえ、あなた一人のときはそんなことなかったけど、二人目が生まれて、ハンディキャップがあって病院通いと看病でくたくたで、さらにモラハラ夫にいじめられてたとき、
あなたが幼稚園でききわけのないことばかりして、家でも私を困らせたから、言ったことあるよ。
「大嫌い。」って。
とは告白できず。
でもしみついてるんだろうな〜、私の暴言。
申しわけないって思う。
この頃だって、「死ね。」「死ね。」って応戦しあう口喧嘩、よくしたもん。
ごめん。
謝ったって、許してもらえないよね。
もう私、最低。
もう親として、合わす顔ないです。
消えてなくなりた〜い。
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カウンセリング
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昨日はカウンセリングの月に一回のお勉強。ためになるお話を聞きました。
人生脚本の話です。
人は3歳くらいでまず、親から教えられた人生の脚本を描くようになります。
そして、小学校入学の7歳くらいで、今度は具体的にモデルになる職業や人物をみつけて、〜になりたい、というような将来像を描きます。
思春期になると、現実とぶつかり、たとえば引っ越すとか怪我をするとかいったようなことや限界を知ったりして、人生脚本の改訂版をつくります。
それから、いよいよ人生の大きな選択の時期を迎えた時、たとえばどの人と結婚するか、とか、どういう職業を選ぶか、とか、どこに住むかとか、そういう大きな選択の時に、自分の人生の脚本の内容に従って多くの選択肢の中から、人は自分で道を選ぶのだそうです。
しかしまた、人生の脚本通りに行かないことにぶつかりうまくいかなくなると、悩むわけです。そして、自分の人生は親から決められた通りじゃなくてもいい、自分の意志でやり直そうとなると、成熟してくるってわけです。再決断も、当然自分の人生だから許されているわけです。
その人生の脚本の要因になるのは、生まれつきの要因のほか、環境的要因と、それから想像もつかなかったような出来事との遭遇などだそうです。
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人生の脚本には3種類あって、
1.勝利者の脚本…たとえ客観的には成功に見えない人生であっても、本人が「これでよかった」と思えるような場合、のこと。希望を失わず常に前に向かって歩いている場合などは、勝利者の脚本と言える。
2.敗北者の脚本…失敗を繰り返す人生の場合。自分は悪くないのに、という考え方に終始する。なかなか成功しない。何度でも失敗を重ねてしまうタイプ。失敗の人生と思いこんでしまうと、こういう風になってしまう場合が多いとか。
3.非勝利者の脚本…75%の人は、平凡な人生を思い描くとのこと。これは平凡な普通の人生のタイプ。
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さて、私はどのタイプかな?と考えた時、
どうも、こないだまでは、敗北者の脚本を生きていたように思うのだけど、今年に入ってもうそれは嫌って思うようになったのですね。
もう、人のせいばかりにしたくないって。
だから今年は、頑張りました。今は、有難いことに健康が許してくれて努力もみのり、21キロ走れたからか、勝利者の脚本の気分です。実際は×がいっぱいついている人生だけど、心の中は今はもう、すんごく落ち込んではいません。
前へ前へ、とにかく歩いていけたらいいな走っていきたいな、と頑張ってるところです。
元気になってきたんだと思います。
随分時間がかかりましたけど。そしてひとりではなく、大勢の人たちのお世話になったから、立ち直れてきたように思えます。
本当に自分の力じゃないですね。感謝してもしても、し足りないです。
ありがたいことです。
また谷に落ちることがあるかもしれないけれど、未来を信じていけたらいいなと思います。
このように人生の脚本を客観的に見られることで、人はその地点でその要因となった幼児期の親から受けた命令にも似たすじがきに気づきます。すると、内面的に成熟し、人生を再構築するために大事な決断をし直し、歩み出すことができるのですね。
タイプがかわることだって当然あります。自分の人生、あきらめないで、大丈夫なんです。
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最近マラソンにはまっている私に、最初に「走ってみない?」と誘ってくれた友人は、
20歳ぐらいで一度那覇マラソンを走ったことのあるひと。
また20年くらいしてから走る気になって、何回かマラソンに挑戦。
すべて完走してきた。
今は一休みしているところだが、彼女は私が走り始めたことを一番喜んでくれている。
その彼女から、つい最近教えてもらった話を紹介する。
彼女が10年くらいまえにアメリカに語学勉強のために行った時、
有名なスポーツ用品の会社の大きな看板にこう書いてあったそうだ。
カウンセリングよりランニング
まあそうはいっても、ランニングする元気もないくらい弱っている人には無理な話なのだが、
まだ余力がある人には、クスリを飲んだりするよりはランニングの方が効果があるときは確かにあるように思う。
彼女はそのキャッチフレーズが気に入り、ずっと心の中に温めてきたのだと言う。
私はモラハラから脱出してすっかりどん底まで一度落ちてしまい、以来生活を整え子どもの問題を解決するべく日々七転八倒していたので、自分のことに目がいくようになるのに何年もかかってしまった。
回復するのにゆっくりと随分時間がかかった。今も反抗期の難しい年齢の二人の子どもの子育てに、叫び出したくなることもしばしばあるのだが、大分元気になってきたので、走る気になったみたいな感じがする。
このような状態だと、
カウンセリングよりランニング
という言葉は確かにぴったりくる。走ることで精神的にかなりタフになってきた、かな?
いよいよ目標としてきたハーフマラソンの大会まで10日を切ったので、
できるだけ無理のない練習をして、当日を迎えたい。
何も大会にでないで淡々と走り続けるので満足する人もいるだろうけど、
私はこどもや母の待っているゴールに、
なんとか最後まで走りぬいて、頑張った姿を見てもらいたいのである。
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お薦め本です。いろんな子どもたちが、自由にアート表現をするなか、子どもたちの心の声に耳を傾けた指導者がいました。
こちらで勉強させていただき、私も少しだけ大人になれたかもしれないなぁ。
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