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生まれつきハンディがあった娘は、
生後1ヶ月の検診の日から治療に入った。
しかし、数カ月おきに地獄のような治療を重ねても、思ったような効果はなく、
やがて手術を勧められるようになった。
親としては体にメスを入れるのなら、最良の医療をと考え、
伝手をたよって紹介状を手に入れては、
今度こそ、と東京の名医を訪ねて歩いた。
名医と言われていても、思いやりのない人であったり、
もう少し別の専門であったりと、
なかなかピンとくる医者にめぐりあえなかった。
当時家にパソコンはあったが、
私は触らせてもらえなかったから、情報を集めるのは他人だよりだったのだった。
そうして友だちのアドバイスをきいて、ようやくとある病院で信頼できる主治医と出会えた。
感謝だった。
そして、びっちりつまったスケジュールに予約を入れてもらい、以降手術を数年おきに計3回。
今は経過観察中。
そして今日は、半年ぶりに主治医に予約を入れてあった日。
新年初登校してくたびれた娘が昼に下校してくるなり車に乗せて、目指すは東京の病院。
私は午前中は会計事務所に行って神経を使った後だったので、
ちょっとくたびれた(へとへと)。
おまけに予約した時間には間に合ったけど、待合室は満杯で、ずいぶん待たされた。
子どもには車中でパンを食べさせたのに、自分はまだだったから、
支払などすべて終わって食堂でお弁当を食べ終わったのは3時半。
「今日は痛いこと何にもなかったから、よかったね。」
と娘とほっと安心。
娘はホットケーキを食べました!
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今回限りで主治医が東京を離れることになり、
この次どうする?と尋ねられてうろたえてしまった私たち。
「でも1年に1回は先生に診ていただきたいです。」
と結局紹介状を用意してもらい、
来年はちょっと遠い病院まで、先生を訪ねることにした。
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ということは、
何度も入院したこの病院とのつきあいも、今日で最後ということだ…。
なんとなく離れがたい気分の私たちは、よくお世話になった売店で、
食欲がない時でもこれだけは食べられたね!と懐かしい梅干しを買ったり、
退屈でたまらない時、ラウンジのドリンクコーナーの点検をしているのを長いこと眺めてたね、と想い出を語ったり、去りがたい気持ちで病院内を回った。
あ〜いろんなことがあったな。
いろんな人に出会ったな。
どの親子も、頑張ってたな。
あの頃の自分は、今よりパワーがあったな。
痛がって泣くわが子の姿に、いたたまれなくなって廊下に出たことがあったな。
牧師の一家がお見舞いに来て下さったこともあったな…。
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4時を過ぎて、ようやく病院の駐車場を出たマイカー。
帰りはなぜか行きと違う道順になってしまい、
あれれ?あらら?と思いながらハンドルを切るうちに、夕映えの時刻がやってきた。
大きな橋を渡るとき、西の空に映える富士山を見た。
美しい富士山だった。
娘はやがて眠りにつき、私は運転を続けてようやく帰宅。
寝ぼけた娘をおろして息子に頼み、私は夕飯の買い物のため再び車で出かけた。
もう日が暮れる、というところでまた近所の丘から、富士山のシルエットを眺めた。
今日は本当に、よく富士山が見える日だった。
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それにしても感無量。
娘の治療は、本当に一段落したんだなと思う。
終わりのない戦争のようだった暗い日々も、
今日の美しい富士の姿でかき消されてしまったみたいだ。
親の私が娘にしてやりたかったことに限界があるってことは、
本当はわかっていたんだけど、
今日主治医の話を聞いて、そうなんだな限界だと納得した私。
別の方法を探して、娘が自分で自分をどう見せるようになるかが、今後の課題だ。
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家に帰ると、つまんなそうな息子が待っていた。
いろんな行き違いがあったことを、ぷんぷん怒っている。
怒られたって、私はもう、限界を何回りも超えちゃうくらいくたくたなので、
「悪いけど今日元気ないからさ、ご飯すぐつくるから勘弁して!」
とお願いし、
明太子の入ったおにぎりと、
スタミナ鍋をささっと作って許してもらった。
とこんな感じで、
今日は頑張ったけど、くたびれちゃった。
それでは、おやすみなさい。
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