えいきの修学旅行

今年3回ほど遭難しかけたのでガーミン購入。

全体表示

[ リスト ]

                白鳥城
イメージ 1
白鳥城は、呉福山として上杉氏時代も要衝として書状に登場するが、佐々成政を屈服させるため越中に出陣した秀吉が本陣とした城で、その縄張りは、織豊の極めて高度な防御技術によって築かれ、艶やかささえ感じる厳しさと美しさが漂う名城である。私的には、北陸において実見・実感した織豊系城郭のなかの傑作に思え、 肥前名護屋城にすら似ているように思える。
 
 
 
イメージ 2 南東は断崖で、攻め寄せることはできない。
 南の尾根(その1)と、東の尾根(その2)から寄せる敵に対し、郭の切岸を城壁とし、郭下を頭上から攻撃しながら誘導するルートが設定され、郭に侵入したとしても、その郭を上の郭が切岸上から狙う、極めて高度な縄張り構想によって創られている。
 
 
 
 
 
 
 
 
〇今回はその1
 南の尾根はH郭・西二の丸の南に堀切を設け、堀底へと誘い込む。その堀底道はI郭ーH郭と結ぶ堤防のような土橋状郭の直下を頭上攻撃にさらされながら通らされ、⑤→⑨から城内へ入る。⑤⑨は三方向を上位の郭から囲まれるキルゾーンになっている。⑤⑨を突破しI郭に侵入しても、細長いI郭は切岸C郭・西一の丸の切岸に阻まれ横に細長く右往左往しているところを上のC郭・西一の丸から撃たれる。C郭からA郭・本丸へは、本丸から狙われながらB郭・本丸外郭へとまわり、ようやく本丸へ到達できる。
 
イメージ 3
H郭・西一の丸端
現在は遊歩道が郭上へ登るが、往時は切り立ち、左の細い掘底道へ入らざるをえなかったと思う。
 
 
 
 
  
 
 
 
イメージ 9
堀底はこのように狭い通路状
 
 
 
この道の頭上には、I郭ーH郭と結ぶ堤防のような土橋状郭、H郭、I郭があり、極めて危険な通路である。
 
  
 
 
 
イメージ 10I郭ーH郭と結ぶ堤防のような土橋状郭
 
ここから堀底通路を頭上から撃つ。
 
 
 
  
 
 
 
 
 
イメージ 11堀底通路をみる
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
イメージ 12I郭
 
城兵は土橋上通路からI郭へ入れるが、寄せ手は入れず、掘り底道からI郭下を⑤へ向かうことになる。
 
しかしlこのルート、進むことなどできるであろうか。
    
I郭下は藪なので車道へでます。
 
 
イメージ 4車道から寄せての侵入口⑤をみる
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
イメージ 5
白鳥城跡の入り口が⑤
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
イメージ 6遊歩道は⑤へ入らず、J郭・北二の丸へ入りますが、これも往時は無理であろうと思われます。
 
⑤入った郭は、J郭、D郭、I郭に3方向から攻撃が集中する。
  
遊歩道があるので、まずJ郭・北二の丸、D郭の写真を先に紹介し、また⑤へもどります。 
 
 
イメージ 7J郭・北二の丸
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
イメージ 8堀切を越えD郭、そのさらに上がB郭・本丸外郭 
ところで白鳥城、遊歩道が整備され、とても歩きやすく、遺構を見学することができるのでが、往時はとても登れなかったであろう切岸に遊歩道がつけられている箇所が多々あります。
 ぜひ、佐伯哲也著 中世越中城郭図面集Iの縄張図を手に、築城者の防御構想を思い描きながら歩かれたほうが面白いです。遊歩道ではないところにつっこみますから、いちぶ藪ですが。 
では⑤へ戻ります。
 
イメージ 13先ほどの⑤の郭
 
アンテナの奥あたりに⑨を経て城内への登り口があります。
 
 
 
  
 
 
 
 
イメージ 14ここ
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
イメージ 15⑨ もちろん藪
 
ここからI郭・にあがります。
 
 
  
 
 
 
 
 
 
イメージ 16
I郭
 
左の高地はC郭・西一の丸 
ここを 「あっちか、こっちか?」とうろうろしているとC郭から撃たれる。
 
 
 
  
 
 
 
イメージ 17I郭から見下ろす⑨
 
⑤、⑨と二段階に集中砲火を浴びるキルゾーンとなっている。
 
 
 
  
 
 
 
 イメージ 18
 
I郭の上の郭、C郭・西一の丸
 
本丸へ遊歩道が接続するが、佐伯氏は左側の切岸下の細い通路からB郭・本丸外郭へ入り、本丸へ接続したとしています。
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 21B郭・本丸外郭
 
 B郭先ほどのD郭ーJ郭・北二の丸から、(D郭には東からその2で辿る東からのルートが接続します)、いまほどのC郭・西一の丸からのルートが接続します。
 
   
 
 
 
 
 
イメージ 22
D郭からの接続口
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 23その2で辿る東からのルートを守る張出出構え状のG郭
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 24
 FーG郭からの虎口が横から接続し、ようやくA郭・本丸へ
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 25白鳥城A郭・本丸
 
天守台が小高く残る
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 19天守台
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イメージ 20本丸からの眺望
 
 
 
その2では東からのルートを辿ります。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
参考文献 佐伯哲也著 越中中世城郭図面集1 現地説明版
佐伯氏は秀吉本陣の記述をしていません。

閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

開く トラックバック(0)


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事