えいきの修学旅行

竹さんの『戦国の城の一生』、予約していたAmazonの他からも届く。二冊も手に入るぜ。

全体表示

[ リスト ]

   犀川沿いのラストになります。

イメージ 38★の位置・左右前山(そうまえやま)城

     













            
イメージ 1
左右前山(そうまえやま)城
















                      概念図
イメージ 2
宮坂武男(2013)『信濃の山城と館2』、戎光祥出版(以下宮坂本2)を参考に、郭・堀名を同書に準拠し、ブログ説明用に地理院地図に作図した。 記事内測値も同書に拠る。

宮坂先生は、郭1よりも2の方が高く、2を主郭であろうとしている。堀ア、イ・ウ、エにより三方尾根へ備え、腰郭北東に掘り込まれた出入口がある。上手くまとめられた城で、土塁の運用にも工夫がある。築城者は左右の在地領主と思われるが、その領主の頭脳は、一際聡明だったのではないだろうか。


イメージ 3腰郭北西虎口下、北尾根と東尾根を繋ぐ通路

この通路は腰郭からの頭上監視を受けている。










イメージ 4この通路から堀込み状の出入口で城内と繋がる















イメージ 5堀込み状の出入口

















イメージ 6掘り込みをあがると腰郭で、正面に郭1

出入口を高所から監視している。












イメージ 8郭1から出入口

高所からの監視下にある。南には土塁が付随し、東尾根からの通路を頭上監視する兵の身を守る。









イメージ 23出入口南土塁

















イメージ 7腰郭北部から山上南方
















イメージ 9東隅から郭1へ

















イメージ 10郭1

1006m三角点。















イメージ 11郭1南西部

堀エが2と区切る。

エは土橋で1-2を接続、2側土橋南東(写真左)に土塁を備える。









イメージ 13土橋

















イメージ 12土橋南東、郭2側土塁


堆積で確認できないが、箱底に土塁というと防御施設だとすると、天正期の改修も考えられるのではないか。







イメージ 15郭2内土塁を前にあて、堀エ越しに1

(迎撃方向反対の運用:堀底から土塁を胸壁として2を撃つとすると、主郭は1になる)









イメージ 14エ北西

土橋から約30m延びる。














イメージ 16これは郭2

宮坂先生は、イよりも高いことから、こちらが主郭であろうとしている。












イメージ 17郭2は削平が甘い(されていないのではないか)
















イメージ 182南辺は急壁

















イメージ 20このような急壁

















イメージ 19南西隅から南尾根への一本道がある
















イメージ 22南には犀川を目視

















イメージ 21郭2南西隅

南尾根道を受ける空間。
















   東尾根

イメージ 24やや重複する

東尾根に向かった腰郭北東辺(出入口より南東)は、土塁を備え、通路と東尾根を監視する城平の身を守る。





イメージ 25



腰郭北東辺から東尾根

北東へ竪堀が一本設けられ、斜面移動を阻止、通路を制限しているようだ。


堀アはこの写真ではよく見えていないが、残存部だけでも50mを測る城内最長の堀切である。




イメージ 26堀ア

















イメージ 27ア北東部掘下げ

この造作の美しさは、専門の設計者がいて、施行業者がいて、構築されたことを示しているのではないか。









イメージ 28ア南東部掘下げ

















イメージ 29アの下方おたまじゃくし形状の平

堀痕跡のような地形がある。
宮坂先生は、おたまじゃくし状の平の下方の窪地を東限としている。








イメージ 30東限窪地

自然の大箱掘。

















   北尾根(こちらから登ってくることができる)

イメージ 37壁下に堀イ、郭3

郭3の北にも堀ウがあるが、遮断意図は弱く、3の区切りであろう。
尾根筋降ると鞍部を山道が乗り越す。








イメージ 31イ北西掘下げ

















イメージ 32イ北東掘下げ

北尾根ー腰郭出入口下ー東尾根を繋ぐ通路が郭3へ渡る。











イメージ 36堀イを郭3へ渡る通路
















イメージ 35堀ウ

通行尾根であり、遮断意図は弱い。












イメージ 34下り1分ほど、鞍部を道が乗り越す
















イメージ 33左右集落側からは大姥山の散歩道(トレッキングコース)が入り、左右集落と反対側へ降ると布川峠に至る

三角点が左右前山城郭1のこと。










  まとめ

 ネット初出を狙って行ったのだが、らんまるさんに先をこされてしまった。

 参考文献 宮坂武男(2013)『信濃の山城と館2』、戎光祥出版、PP.458-9



   登り口

 青少年旅行村https://yahoo.jp/8zifg2を目指し、林道を大姥山方向へ登る。

イメージ 40林道下馬地点

3月は林道整備がされていないため、ここで下馬。
左右集落の業者の方に伺った話では、春に林道整備はするらしい。
行けると判断したところまで登り、あとは徒歩で稜線を目指す。大姥の散歩道にでたら大姥山よりも西に向かい、乗り越す地点が左右前山城北尾根へ取り付くところ。
 
イメージ 39越後方向眺望

信濃の国の青空よ。
記事、またしても信濃の国のオンパレードがはじまっている…。

次記事から、犀川の北へ踏み込みます(この写真の方向)。
長坂虎房に絵図を用意させよう。




この記事に

閉じる コメント(2)

顔アイコン

一番槍を横取りしましたらんまるでございます。

このような誰も絶対に行かないであろう山城に単身乗り込む勇気に拍手喝采ですw

城ノ入城も記事にせねばと思いつつ「めんどくさいなあー」で貴殿に先を越されました。
なるほど、そういう見方もあるんだなあーなんてほくそ笑んでおります。

夏場はジムニー号もお休みで、山城シーズンに備えて充電中です。

大町市の八坂あたりも結構面白い山城が多く点在しています。仁科口の境目の城の千見城を中心とした防衛拠点として活用されたんでしょうね。

お盆休みは「なんちゃってダムマニア」に徹して山城から距離を置くようにしました。


貴殿のレポートでまた山城に対する情熱を取り戻したいものです(笑)

2018/8/16(木) 午後 8:06 [ らんまる ] 返信する

顔アイコン

らんまるさんの脱線の真意はどこにあるこか、あれこれ勘ぐっていました。城へ心を引き戻すきっかけになれたら幸い(災い?)です。
まあ夏場はジムニー号と供に充電ください。
数年前まで、犀川筋は牧ノ島くらいしか知りませんでしたが、こんなに強烈な城がひしめいていたんですね。
信濃郡割・越中国切が決定するまでの景勝の胸中・脳内を見る思いです。

2018/8/17(金) 午前 6:22 [ えいき ] 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

開く トラックバック(0)


.


みんなの更新記事