えいきの修学旅行

竹さんの『戦国の城の一生』、予約していたAmazonの他からも届く。二冊も手に入るぜ。

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 戸隠栃原城館群概要:https://blogs.yahoo.co.jp/mei8812462/19854984.html             
                   
                     円光寺館
イメージ 1福平城の南東700mに位置し、福平城を築いた溝口氏の居館地と考えられている。
しかし、福平城が館城機能も有しているので、福平城が拡張されて後は、城主ではなく、有力人物の居館、あるいは寺院であった可能性もあると思う。




イメージ 2国土地理院の空中写真に、宮坂武男(2013)『信濃の山城と館2』、戎光祥出版を参考に郭・堀名を同書に準拠し、おおよその位置にブログ説明のために書き込んだ 。記事中測値も同書に拠る。

館主要部1、2で、1には円光寺が在り、北から東に土塁が囲う。さらに北、東、南は堀ア、イ、ウが囲う。宮坂先生は西には町、下町の地名が残ることから、城下町の形成も推定している。














イメージ 7堀端南東隅から

















イメージ 8裏木戸付近















イメージ 9藪に踏み込んでみたが、木戸構造はわからなかった。














イメージ 6円光寺館主要部

郭1に円光寺が建つ。

1は西辺の北から南、東に土塁が囲う。土塁南端上にお墓建つ。その手前から堀イを越え裏木戸へ至る。






イメージ 12裏木戸への導線
















イメージ 10郭1

郭2とは小段差で区切られている。












イメージ 11東辺土塁

















イメージ 13東辺土塁上















イメージ 14西辺土塁

西辺は東よりも短く、北部16m程。












イメージ 15北西隅

櫓台か。













イメージ 18北西隅から大手と考えられる城下町推定エリアへの導線













イメージ 19他の城との連絡も良い














イメージ 22大昌寺・大昌寺山城も近い














イメージ 16北辺土塁上

内壁は斜高5m。













イメージ 17北辺下堀ア

外壁は10m。


















イメージ 3郭3北東からの1への入り
土塁北西隅の監視を受ける。
ここhttps://yahoo.jp/najHEC大昌寺・大昌寺山城にも近い。










イメージ 4堀ア

右側郭1土塁壁は約10m。













イメージ 20導線南西部郭3
















イメージ 5郭4

















イメージ 21土塁北西隅が睥睨


















 参考文献 宮坂武男(2013)『信濃の山城と館2』、戎光祥出版、pp.382-3






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