えいきの修学旅行

練習としてアメーバブログに飛騨の久々野6/22、牛臥山6/26、切手7/1の3城を投稿します。

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                 つづいて蓬ヶ洞砦
イメージ 43本記事は、宮坂武男(2015)『信濃をめぐる境目の山城と館 美濃・飛騨・三河・遠江編』を参考に、堀・郭名・測値を同書に拠り記述します。

位置は高堂城https://blogs.yahoo.co.jp/mei8812462/20157867.htmlをご覧ください。




 蓬ヶ洞砦は高堂城と広瀬城の間に位置する。文献・史料はないが、広瀬城と同類の畝状施設、横堀が設けられ、天正13年、金森勢の侵攻に備えて広瀬城防御態勢を整えた時期に、同城の背後を固める意図で構築されたのものであろう。

 ただし、蓬ヶ洞Ⅰの砦は、郭2は畝堀ではなく横堀が守り、郭1は横堀ではなく畝堀が守るという構造の差が有る。

イメージ 1Ⅰの砦堀ウから北西約80m付近(砦高堂城大手側)に物見場となる3を置く













イメージ 2Ⅰの砦方向に下り、暗部に片落としの堀イ















イメージ 3堀イ

















イメージ 4Ⅰの砦側から堀イと物見3
















                      Ⅰの砦へ

イメージ 5高所がⅠの砦

こちら(西)側に堀ウ、郭2が置かれている。













イメージ 6堀ウと郭2

堀ウは西を遮断し、南と北に横堀として巡り2を守る。













イメージ 7堀ウ南への遮断掘下げ
















イメージ 9南横堀線

















イメージ 8北遮断掘下げ

















イメージ 10郭2

奥、堀エで隔て、郭1。

郭1側面は圧巻の畝堀群。










イメージ 11郭1から郭2

















イメージ 28上写真左(南)側面


郭2は遮断堀切と横堀で守られている。
















   蓬ヶ洞Ⅰの砦 郭1
 
イメージ 12郭1

東西62m、南北最大幅25m、削平は緩い。土塁は備えず、東(写真奥)は堀カ、西(手前)は堀エで遮断、西は郭2を置く。
写真の両側、北(左)と南(右)には執拗な畝掘が敷設されている。南はⅡ砦に繋がるが、一条の竪堀は横堀を伴い、制限された連絡を構築している。

イメージ 13堀エ北掘下げ

郭1側に土塁を伴う。













イメージ 36城内畝堀側から堀エ北掘下げと土塁

なかなかエグい。














イメージ 14南掘下げ

















                  砦の東域を区切る堀カ

イメージ 19堀カ

この尾根先方向役140mに寺洞砦。













イメージ 20南掘り下げは、城内外両側に土塁を伴う















イメージ 41北側から堀カ
  
北掘下げは城内側に土塁を伴わない。








                                        

                    北面 畝堀群ケ

イメージ 21エの城内側土塁に引き続き、畝堀が敷設される














イメージ 22横堀連結の放射ではない
















イメージ 155mの切岸下に18条














イメージ 16





















               南面畝堀群ク、キ、オ(横堀連結)

イメージ 17キは12条















イメージ 18




















イメージ 23
クは10条

















イメージ 24キとの間がⅡの砦(南95m)に連絡する南尾根で、その部分は一条の長い竪堀オが途中に横堀をL型に付随させ、おそらく通行を統制する構えを見せる。









イメージ 25堀オ
















イメージ 26オ横堀部

















イメージ 27Ⅱの砦側から

左の堀残しが通行可能。














 畝堀採用と横堀採用の差は、畝堀は潰し、横堀は陣地としても使用という運用意図の差か。
 月芳さんとも話したが、畝堀は確かに横移動が制限される。帯郭や横堀に配置する兵の数が足りなかったので、畝堀で帯郭を潰したのではないだろうか。



   蓬ヶ洞Ⅱの砦

イメージ 29郭4単郭の砦で、前後(南北)の尾根を堀シ・ス、コで遮断、両側(東西)をソ、セの畝堀群が守る












イメージ 31郭4

南北45m、東西最大幅14m。
辺縁は武者走り状の削平がなされているが、内部の削平は不完全で、急造、未完が想定される。








イメージ 32北を遮断する堀コ
















                                                                                          
                          東面

イメージ 33東面は13条の畝堀群ソ
















イメージ 303〜6mの切岸下、帯郭を潰すような敷設
















イメージ 35宮坂先生は、とっていないが、郭4から降る、長い竪堀が一条ある

主郭内からの排泄用途も考えられるのではないか。










                       西面

イメージ 37畝堀群セ

不明瞭なものも含め12条を想定。












イメージ 34北より支尾根に堀サ














                            
                               
                        南             

イメージ 38郭4南部

南端は堀シ、スの二重堀切で遮断する。












イメージ 39南端 堀シ、ス















イメージ 40もう一枚
















イメージ 42Ⅰの砦から北方の視界
















参考文献 宮坂武男(2015)『信濃をめぐる境目の山城と館 美濃・飛騨・三河・遠江編』、戎光祥出版、pp.246-7

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