えいきの修学旅行

田立の掃討して飛騨へ。宮地、楢尾山、萩原諏訪、桜洞、為坪、久々野、牛臥山、切手の偵察。

日記

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春日山城千貫門

 
 記事更新お休みと書いてなんですが(勉強に集中すればいいものを)、春日山城千貫門周辺を書き改めましたので投稿します。


 
 先日、作手山城案内人の原田さんを春日山城にご案内しました。
 ちょうど地元の中学生はじめボランティアの方々が整備活動をされた後で、きれいに草が刈られていました。
 
イメージ 1千貫門の説明板

春日山城を訪れる人のほとんどの方は、ここで千貫門の説明を読むことと思います。このへんに門があったんだぁ。 で、どこ?

  遺構に気が付く人は少ないことと思います。

 春日山城内の説明板は、何十年も前の記述のままで、標柱にいたっては戦前のレベルです。
中央の研究者のみならず、地元の研究者による学術的な研究も進んでいるでしょうに、その成果がキャプションには還元されていません。私も地元でそういった成果に接する機会を得ません。地元の春日山城を愛する人々の熱意に比べて、管理側の意識の低さが残念です。  
 愛知県からのお客人を案内しつつ、そのように思いました。※散策用リーフレットは秀逸です。

イメージ 3ボランティアの方々のお陰で、遺構周辺はきれいに草が刈られている。

左側は折れて張出し、門前開口前に迎える道を厳重に見張る。上杉圏では最高度ではないか。
 しかし、開口部自体に当たって入る構造ではなく、織豊の虎口にまでは発達していない。謙信後期から景勝期の改修と考える。


イメージ 2開口部脇で折れて張出す具合がわかるだろうか。

このようにきれいに観察できるのに…










イメージ 4張出からルートをみる

矢印ルートも発達したもので、古くは左斜面下方から矢印ルート途中に合じたかもしれない。
道を攻め来る敵兵は、門内の郭から長く側面頭上攻撃を受け、張出にあたる前で折れ、千貫門から城内へ入る。開口部前にも枡形を意識したか(原田さんの指摘による)。
道正面からは張出部が厳重に見張り、迫り来る敵を撃つ。右上に二条の堀切の下の堀切が見える。

イメージ 5千貫門















 2013年に春日山城搦手口の記事中に千貫門周辺は書いていたのですが、直江郭への写真を削り、千貫門周辺の写真を増やし、書き改めました。ご覧ください。

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 11月は近江、越前、尾張、三河、東濃、もちろん北信濃と、実地徘徊の企てが多く、また月末には二科目の試験があり、記事更新をお休みし、修学に励んでいます。
 
 そんな私の11月の晴れた休日の様子です。

 早朝1時間半試験勉強して、入河沢城の整備活動へ。
 午後、落葉の北信へ出撃。
 霞城へ一撃。
 ブラボー。

イメージ 1入河沢城

整備と落葉で山が透けてきた。












イメージ 2先週末11日(土)の現地説明会は雨で18日へ延期になりました

ぜひおでかけください(前記事参照)。




イメージ 3透けた主郭















イメージ 5堀切

整備作業の成果で、私の三月撮影のブログよりも格段に観察しやすい。










イメージ 6虎口も















イメージ 4紅葉は、ややピークを過ぎたか














イメージ 7虎口、土塁のある南の郭は、私はやはり尾神信仰との関りを強く感じる(誰も同調してくれない)。

あるいは入河沢城が城の機能を停止した後、南の郭のみ信仰の施設として使われたのではないだろうか。




イメージ 8伐採で、黒姫、妙高、火打、焼山、鉾ヶ岳が望むことができる

午後はあの向うへ。











イメージ 9入河沢城の主郭からは、国田城が見えないのだが、東尾根のピークからは国田城らしきシルエットがみえた。










イメージ 10ズーム

検討を要するが、国田城が視認できるのかもしれない。

東尾根ピークからは、猿毛も目視でき、東尾根の郭群は、入河沢城主郭からの周囲の城の視認を補う機能があったのかもしれない。





イメージ 11北信霞城

落葉のこの時期、北信は短い旬。
シルエットがいいでしょ。
逆光で全景撮影に66枚…。
早く帰らないと信越国境(黒姫妙高)
凍えてしまう。





 イメージ 24霞城主郭
















 ごちゃごちゃ書かずに、旬な霞城の写真を見せびらかしちゃいます。

イメージ 23


イメージ 12



















イメージ 13


















イメージ 14


















イメージ 15


















イメージ 16















イメージ 17















イメージ 18これは畑?
















イメージ 19尼厳城シルエット、上信越道、鳥打峠、金井山城

じつはこの日、金井山城に踏み込むつもりでしたが、鳥打峠の不気味さに怖気づき、鉾先を霞城に変えました。






イメージ 20尼厳のシルエットも堪らない














イメージ 21これから帰る信越国境方向

戸隠、飯綱、黒姫、妙高、斑尾。











イメージ 22妙高、ズーム

川中島付近からだと、妙高ってこんな姿なんだ。











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  8/26() 明治小学校区青少年健全育成協議会が主催する「明治にある2つの山城を探検しよう すごい発見があるかも」の案内を、私が務めます。
主催者が用意するバスの搭乗予約は7/14日に締め切ったそうですが、自家用車で現地(雁金城もしくは茶臼山城)に集合する参加はOKだそうです。山城や歴史に興味のある方は、ご参加ください。
簡単な資料を用意しますので、参加を希望される方はeiki0779@joetsu.ne.jp、もしくは、ほたる調剤薬局TEL 025-539-2146(不在時携帯転送留守電あり)まで連絡ください。
                                                                                                                    永野栄樹
※当日は、長靴、長ズボン、飲み物を用意ください。
※小学生が主で、かつ茶臼山は短時間のため、細かいことは話せないと思います。
※ご希望ございましたら、午後、近隣入河沢城などご案内いたします。
イメージ 1


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地下城のさわり

 
 半日自由になり、飯山の小境城へ行くか、長岡の地下城(ぢげんじょう)へ行くか悩んだが、小境はまだ雪が在る可能性があり、貴重な半日を確実に有効に使うため、私は長岡地下城に狙いを定めた。

イメージ 112月の小境城














イメージ 24月の地下城

空手のブログに触りの記事として公開しました。

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 今日は、午前に科目試験を名古屋で受験して、午後は安城市歴史博物館で開催の「信長衆ハ加勢 当手コソ本陣ナレ-徳川・武田の攻防13年-」というシンポジウムに出かけ、夜は大学の友人(私は名古屋市内の大学を卒業したため愛知県には友人がいる)三人で会う予定だった。
 しかし、家庭の事情で遠征を取り止めた。
 木曜には、どうも無理だなっと思ったので、友人にはその旨連絡し、身体の代わりに「奥平圏の城」をワードに変換し印刷したものを送っっておいた。

イメージ 1←奥平圏の城(ワード版)












「えいきの解説がね〜から林の写真集にしか見えんわ」とメールが来た。

愛知県の公立病院に勤める薬剤師には、林の写真集にみえるらしい。

私は娘の傍に居つつ、次の(別の)科目試験のレポート作成。
シンポジウムは残念だが、試験は4月に二科目受ければいい。

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