えいきの修学旅行

練習としてアメーバブログに飛騨の久々野6/22、牛臥山6/26、切手7/1の3城を投稿します。

日記

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 昨年来、僭越にもかの古宮城を武田の城ではないのではないかと、このブログで述べた。そのことを裏付け、もしくは否定しようと、遠江に修学旅行に来ている。
 年末に長野県のディーラーから車を購入したので、その信濃の国由来の車で来たかったのだが、車で信濃の国を越えるのは危険と判断。新幹線で昨夜のうちに静岡まで来て、静岡駅前に泊。
 朝、バスで吉田町に移動し、小山城の丸馬出と三重三日月堀を観察。やはり古宮城とは似て非なるものと感じる。馬念さんに迎えに来て貰って諏訪原城へ。
 この諏訪原城も武田の典型的な城ということになっていだが、発掘の成果と家忠日記の記述から、武田の遺構ではなく、徳川による遺構ということが分かってきた。その目で丸馬出と外郭ラインの防御施設を観察。思いがけづず発掘中の薬研堀を見せていただくこともでき、またブルーシートお手伝いまでさせていただいた。午後は島田市主催の中均先生による諏訪原城講演会「丸馬出を持つ城ー諏訪原城を中心にー」を拝聴。今日は掛川泊のため金谷から掛川までJRで移動。車中、かみさまが私に誕生日プレゼントを差し遣わす。ふって湧いた幸運に、恐れ多くも釈迦に説法。
 
イメージ 1小山城、丸馬出














イメージ 2三重三日月堀














イメージ 3諏訪原城

馬念さん、いつもありがとうございます。明日公開の富崎城にも出演頂きます。










イメージ 4幸運にも発掘中の薬研堀を観察・撮影することを許された。












イメージ 5深さ8mの薬研堀














イメージ 6この土橋は武田時代か














イメージ 7このあたりも武田と考える














イメージ 8武田ラインは、内郭ラインの内と南の丸馬出ようだ。














イメージ 15本郭の両袖枡形虎口
本郭の表土約40cm下層に焼土層があり、本曲輪を囲む囲郭土塁は、焼土より上層に構築されている。この両袖枡形虎口は囲郭土塁上に構築されている。また現状のこの両袖桝形虎口ー土橋でつながる二の曲輪は、焼土層は確認されず遺構面は一面である。二の曲輪は、武田時代は城域ではなく、この両袖枡形虎口ー土橋−二の曲輪は、徳川時代の構築である可能性がある。

イメージ 9徳川の構築による外郭ライン













イメージ 10その外郭を入口を守る徳川の丸馬出













イメージ 11そしてその側面虎口土橋(土橋に堀切有)先に、古宮城と同系の180度ターンを観た。












イメージ 12ここ














イメージ 13180度ターン














イメージ 14諏訪原城の徳川丸馬出、私への誕生日ケーキのようです!
ローソク(切株)46本あったりして…。











 遠江修学旅行、私の狙いが良かったのと幸運にも恵まれ、収穫有りすぎ。
 3日の予定で遠江の天正期の徳川と武田の城をいくつか周り、岡崎の図書館で文献を収集し帰る予定。
 
 古宮城は武田の城ではないのではないか、という考えは、確信に変わってきた。

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年末のご挨拶

 2015年、濃密に一年を過ごすことができました。2年前から始めた博物館学芸員課程の単位を取得しながら、かつ、遠征は三重・愛知は計四回、他に宇都宮、茨城、山形に出かけ、近隣では飯山、能登(陸路近くない)、越中、北信には数知れず出撃。特に北信は季節のタイミングを図りながら、絶妙のタイミングで藪的難城の数々を踏査(徘徊)・撮影できました。
 学芸員課程の試験も実習もなかなか大変でしたが、修了に必要な17課目40単位を11月には全て取得しました。
 
 そんな中でも、須田の大岩城や月生城、越後に迫る迫る武田の脅威と題して謙信の領国を防衛する鬼気迫る城坂城・中条城、頸城随一ともいえる雁海城、高梨周辺の鴨ヶ岳・鎌ヶ岳・夜交氏山城、伊達の遺構とされていたが関ヶ原後の景勝の改修と判明した米沢舘山城、視点を変え視野を広げるための修学として武田の城・北信平沢城、その対極にある作手古宮城へと、えいきの修学旅行の記事も随分粋な志向内容で書くことができたと自負しています(あくまで自己満足ですが)。
 
 その過程では、遺構のみならず、あたかも空手の武者修行が如く研究者をも訪ねました。記事となる時に教授内容とお礼を書かせていただきますが、みなさん、私のような馬の骨に、とても親切に教授くださいました。
 また数年来、指南・引導をいただいている馬念さんに連れていかれた摩頂山南砦、らんまるさん、ていびすさんに連れていかれた夜交氏山城・沼ノ入城は、格別な山城でした。この場を借りて御礼申し上げます。
 
 そういえば昨年骨折した部位の抜釘手術を8月に受けましたが、先週、鮫ヶ尾城ではオラウータンのように木に掴まりながら崖や堀を降り昇ることができました。ずいぶん回復しています。
 このようにとても濃密に過ごした一年でしたが、年の瀬も古宮城書きつつ濃密に迎え、新年は駿河・遠江・三河に向かうことが多くなりそうな胸騒ぎとともに歳を越します。

 新しく迎える年が、皆様にとって幸せな一年となりますようお祈りいたします。

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北信汝を玉にす

 
 今年の記事、長野県ばかりになっているのと上杉視点での思考のみに陥ってしまわないように、長野県以外や武田の城を書こうと考えています。
 しかし、北信は今が旬で、苦難もありましたがいい城の写真を撮ることができました。
 取り急ぎ簡単に写真を紹介しておきます。

 藪が猛る飯山の山城に踏み込むには、今が絶好のチャンス。
 しかし、もたもたしていると一気に豪雪に埋まってしまうので、絶好の期間はほんの10日間くらいではないだろうか。春、残雪残るタイミングもいいが、堀底を見るには今この時。
 
 気温1℃の富倉峠を愛馬で越え、飯山へ出る。まず数年前に藪で踏み込めなかった山口城の北東山腹の二重横堀と北西の四重堀切を目指す。二重横堀目指して急崖をよじ登ったら猛藪の郭4に至ってしまい、藪の猛斜面を降り直す。いきなり、往生気味だが、巡り会えました。

イメージ 37山口城

それにしてもこの信濃の国の青空の美しいこと。











イメージ 1二重横堀線を目指し、ここを登りました。














イメージ 2途中降りることも叶わず、比高110m急登することになり、藪猛り狂う郭4下の帯郭に至る…。いきなり往生気味。

枯れてなどいないのか、枯れてこうなのか…。








イメージ 3ここを斜めに降り直す…。
















イメージ 4巡り会えましたよ、横堀
上段の横堀。














イメージ 5
下段の横堀
















イメージ 8
郭1虎口と、帯郭から郭2にあがる地点を監視するポイントと観た切口。

以前、踏み込めなかったところだけのつもりが、ついつい撮りまくり。









イメージ 6北西の四重堀切も















イメージ 7
幅広の横箱堀線とは異なる鋭さがいい。





山口城、リニューアルしなければ。










イメージ 9岩井城

千曲川の対岸には越後方の飯山城。

橋は綱切橋。
(この写真は帰路に撮りました)








イメージ 10
南の鞍部から目指す

笹の予感…。













イメージ 11ビバ、笹ワールド!

今この時期でこうでは、突入できる季節なんてないんじゃないか。
スマホ最大音量、ボヘミアン鳴らし突入。









イメージ 12
この上に郭2の塁線があるはず














イメージ 13郭2南横堀
















イメージ 14なんとか頑張って郭2まで至りました。

しかしこの笹藪、なんかいそうな予感。

動物によっては、間近にくるまで潜みじっとしているのもいるんです。堪え切れなくなって、猛ダッシュで飛び出すか、猛ダッシュで逃げていくか。

三歩程踏み込んだら、突然足元1m以内の笹の下から猛ダッシュで走り去る動物が。 度肝を抜かれ、郭2突入は断念。

イメージ 38側面から回り込みを図りましたが、郭1を目前に断念、退却。


雪のある時にかんじき履いてくるか。













イメージ 15岩井の後はターゲットの内、もっとも標高が高い北条城を目指す。

田草は5月にクーさんにお会いしたので、気が進まず。

北条城、どれかって






イメージ 16これです。














イメージ 17戸狩のスキー城内で、林道が通っているので比高60m下まで行けます。
もうじき雪の中でしょうが。











イメージ 18山頂(郭1)までトレッキングコースになっていて、北西尾根の七重の堀切を乗り越え山頂へ至ります。











イメージ 19北条城山頂・郭1

信濃の国の空に近づくことができました。











イメージ 20古墳なんでしょうか、巨石があります。













イメージ 21畝状空堀もありらしい郭2は藪で踏み込まず。

らんまるさん・ていびすさんは突入し、宮坂図の堀切㋓は郭2の両サイドのみで貫通していないこと、堀切㋒は岩盤を刳り貫いた狭い堀切であることを確認したそうです。恐れ入るばかりです。

彼方は栄村方向。

               
イメージ 22眼下に戸狩














イメージ 23飯山方向

今年の信濃の国の見納めか。





ラストは、山登りしないでよさそうな上境城へ。






イメージ 24千曲川断崖上の上境城














イメージ 25帰りの信越国境、富倉峠か関田峠か平丸峠のどこを越えて帰るかビビりながら(凍結・積雪の心配)思案しつつの立ち寄りでしたが、ヒットでした。









イメージ 26二重の横堀線
ここまで林道有。













イメージ 27逆光ですが、一重目














イメージ 28二重目














イメージ 29端 千曲川まで落ちていきそう













イメージ 30中央に虎口

そして奥、張出しているのがわかりますか。 この城、技が凝ってます。
城坂城よりも新しい技術が見られる。








イメージ 31虎口














イメージ 32この虎口、桝形二折れで食い違ってます。上杉の虎口で二折れは最上級。というかめったにない。いやないんじゃないか(おもいつきで書いてます)。









イメージ 33城内から

武田時代の改修か、いや武田の風にも見えない。











イメージ 35郭2

この城も藪で観察できる時期は短いのではないだろうか。










イメージ 36途中枯葉で隠された穴にズボっと足を捕られる。

落とし穴か、と思ったが、すぐに動物のお家だと気づく。ごめんなさいっていうか、でてこないでね。








イメージ 34郭8の虎口も凝ってます。

いずれ記事で。


帰り、関田・平丸は積雪の可能性もあり、富倉峠を越えて無事帰還できまました。







北信の城は、苦難と魅惑がセットになって、私を磨き、玉にしてくれます。

記事作成、ずいぶん先になりそうなので、取り急ぎ冬迫る北信のレポートでした。

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次のステージ

午前中、長野市で美術史の試験。通しでしょう。
たしか最初の試験も長野市だった。ブログ記事、長野県だらけ…。
これで2年前から取り組んできた博物館学芸員の課程の単位・17科目40単位を全て取得したことになる(合格していればだが)。なかなか大変だったが、やり甲斐もあった。明日からは買いだめていた図録や本を読める。雪が降る前に飯山の山城へも行かなければ。時間との戦いだが、山口城の未踏エリア、岩井城、田草城、蓮城、小境城、上境城、北条城をピックアップ。帰り信越境凍結するとまずいので、どこまでまわれるか。
クーさん、眠っていてくださいね。

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 この連休は娘の友達が泊まりに来るということで「お父さん、どっか行って」と言われ、降雪前、今年最後となりそうなバイク一泊修学旅行に行くことができました。

 一日目、まず上信越道ー長野道ー中央道で愛知県へ遠征

イメージ 1市場城














イメージ 3石垣がうりのようです

見学している人も多く、人に出くわすことなどない信濃の国の山城を歩く装備でうろつく私は、さぞ変なやつと映ったことでしょう。
スカートの女性が彼氏に「この城、攻め落とすのたいへんそうじゃね」と話しかけているのが聞こえ、おそるべし愛知県と、恐れ入ってしまいました。


イメージ 2習性で…。
こんなとこ見なくてもよさそうですが。












イメージ 4堀M(愛知の山城を歩く)と土橋















イメージ 5槙本城

愛知の城というより、佐伯さんの城って感じでした。











イメージ 8愛知県まで行って藪中の佐伯ルートを踏みしめなくても…。












イメージ 6回り込みを阻止する竪土塁













イメージ 7下方は竪堀
















イメージ 9鞍部の街道を扼す

















イメージ 10勝頼が設楽ヶ原からのがれてきた武節城

このへんは大学時代にバイクで走りまわっていた











飯田まで153号線北上し、飯田シルクホテルに泊。
いままで安いホテルから高級なホテルや温泉まで随分と泊りましたが、これほど快適なホテルはそうありません。



 二日目
 
 朝、一時間半ほどホテルで試験勉強して0800ホテル発、中央道ー長野道ー上信越道で帰りがてら、飯山周辺を引っ掛ける。
 綱切橋・中央橋・飯山城の位置を確認して、木島平村の平沢城へ。予定では平沢城、岩井城、北条城、上境城の計画でしたが、平沢城へのアプローチを間違えて、違う山へ入山し時間をロス。

イメージ 11期待に胸膨らませ踏み込んだ山













イメージ 12あの上には平沢城が!と勝手な妄想。

狂ってます。











イメージ 13苦闘の末に尾根上にあがり、標高800m付近を徘徊。












イメージ 14竪堀らしき地形に嬉々とするが、宮坂図のような遺構は他に見当たらず、間違いと知る。













イメージ 15心と体の消耗もあったが、再訪を期し、せめて登り口だけでも確認しておこうと平沢集落を探索。












イメージ 16教えていただきました、林道入口。













イメージ 17しかしその林道も途中で馬進まず(帰り二度落馬しました)。

しかし、ここを進めば平沢城の南崖下にまで到達できる。

闘志が湧きたち、今日決行。






イメージ 18途中で馬を降り、林道終点まで徒歩で到達。













イメージ 19さっきとそう変わらない…



しかしこの上に必ずある。












イメージ 20ありました平沢城

飯山城は武田に圧迫されていたが、武田も上杉に備えていた。、これぞ武田が上杉に備えた城。









                             北(上杉)側
イメージ 32


イメージ 21堀底ルートに横堀に城戸

いずれ記事で紹介します。












イメージ 22横堀














イメージ 23屈曲ルート下の桝形を固める石塁













イメージ 24記事作成は29日試験のため、その後になります。
しかし記事が長野県ばかりになっていて、他県も書きたいので平沢城記事紹介いつになるかわかりません。

鴨ヶ岳城、鎌ヶ岳城、夜交のまとめは、明日24日に投稿になります。





                  安源寺城
イメージ 25山中徘徊の時間ロスもあり、二日目は平沢城、安源寺城のみになりました。












イメージ 26安源寺城堀ア














イメージ 27郭1への導線

歩けません。












イメージ 28郭1内

安源寺城が藪だとは思ってもみませんでした。











イメージ 29郭1西下の横堀と塁線














イメージ 30郭6から堀ス・郭1北塁線















イメージ 31帰路、箱山城・鴨ヶ岳城・鎌ヶ岳城・間山。
午前中の苦難はもうありません。
ぽんぽこの湯が恋しくなりましたが、信濃町から妙高あたりで湯冷めしてしまいますので、また車で来ます。

降雪までの今このわずかな期間、北信は旬です。






充実の二日間でした。


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