えいきの修学旅行

田立の掃討して飛騨へ。宮地、楢尾山、萩原諏訪、桜洞、為坪、久々野、牛臥山、切手の偵察。

日記

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 この連休は娘の友達が泊まりに来るということで「お父さん、どっか行って」と言われ、降雪前、今年最後となりそうなバイク一泊修学旅行に行くことができました。

 一日目、まず上信越道ー長野道ー中央道で愛知県へ遠征

イメージ 1市場城














イメージ 3石垣がうりのようです

見学している人も多く、人に出くわすことなどない信濃の国の山城を歩く装備でうろつく私は、さぞ変なやつと映ったことでしょう。
スカートの女性が彼氏に「この城、攻め落とすのたいへんそうじゃね」と話しかけているのが聞こえ、おそるべし愛知県と、恐れ入ってしまいました。


イメージ 2習性で…。
こんなとこ見なくてもよさそうですが。












イメージ 4堀M(愛知の山城を歩く)と土橋















イメージ 5槙本城

愛知の城というより、佐伯さんの城って感じでした。











イメージ 8愛知県まで行って藪中の佐伯ルートを踏みしめなくても…。












イメージ 6回り込みを阻止する竪土塁













イメージ 7下方は竪堀
















イメージ 9鞍部の街道を扼す

















イメージ 10勝頼が設楽ヶ原からのがれてきた武節城

このへんは大学時代にバイクで走りまわっていた











飯田まで153号線北上し、飯田シルクホテルに泊。
いままで安いホテルから高級なホテルや温泉まで随分と泊りましたが、これほど快適なホテルはそうありません。



 二日目
 
 朝、一時間半ほどホテルで試験勉強して0800ホテル発、中央道ー長野道ー上信越道で帰りがてら、飯山周辺を引っ掛ける。
 綱切橋・中央橋・飯山城の位置を確認して、木島平村の平沢城へ。予定では平沢城、岩井城、北条城、上境城の計画でしたが、平沢城へのアプローチを間違えて、違う山へ入山し時間をロス。

イメージ 11期待に胸膨らませ踏み込んだ山













イメージ 12あの上には平沢城が!と勝手な妄想。

狂ってます。











イメージ 13苦闘の末に尾根上にあがり、標高800m付近を徘徊。












イメージ 14竪堀らしき地形に嬉々とするが、宮坂図のような遺構は他に見当たらず、間違いと知る。













イメージ 15心と体の消耗もあったが、再訪を期し、せめて登り口だけでも確認しておこうと平沢集落を探索。












イメージ 16教えていただきました、林道入口。













イメージ 17しかしその林道も途中で馬進まず(帰り二度落馬しました)。

しかし、ここを進めば平沢城の南崖下にまで到達できる。

闘志が湧きたち、今日決行。






イメージ 18途中で馬を降り、林道終点まで徒歩で到達。













イメージ 19さっきとそう変わらない…



しかしこの上に必ずある。












イメージ 20ありました平沢城

飯山城は武田に圧迫されていたが、武田も上杉に備えていた。、これぞ武田が上杉に備えた城。









                             北(上杉)側
イメージ 32


イメージ 21堀底ルートに横堀に城戸

いずれ記事で紹介します。












イメージ 22横堀














イメージ 23屈曲ルート下の桝形を固める石塁













イメージ 24記事作成は29日試験のため、その後になります。
しかし記事が長野県ばかりになっていて、他県も書きたいので平沢城記事紹介いつになるかわかりません。

鴨ヶ岳城、鎌ヶ岳城、夜交のまとめは、明日24日に投稿になります。





                  安源寺城
イメージ 25山中徘徊の時間ロスもあり、二日目は平沢城、安源寺城のみになりました。












イメージ 26安源寺城堀ア














イメージ 27郭1への導線

歩けません。












イメージ 28郭1内

安源寺城が藪だとは思ってもみませんでした。











イメージ 29郭1西下の横堀と塁線














イメージ 30郭6から堀ス・郭1北塁線















イメージ 31帰路、箱山城・鴨ヶ岳城・鎌ヶ岳城・間山。
午前中の苦難はもうありません。
ぽんぽこの湯が恋しくなりましたが、信濃町から妙高あたりで湯冷めしてしまいますので、また車で来ます。

降雪までの今このわずかな期間、北信は旬です。






充実の二日間でした。


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講演三本

 午前は富山で考古学の試験。大丈夫でしょう。
 午後、越中史壇会の講演会。明日、晴れたら奥三河の作手再訪予定で仕事休めるようにしていたが、雨模様で延期。奥三河遠征には、途中飛騨か信濃の国を長く通らなければならず、馬をだすには今月がリミット。29日に最後の学芸員課程最後の試験となる美術史の試験がある。今週にはその準備を完了させて、来週・再来週に懸けよう。
 
 10・11月は待ち望んでいた講演会が三つあり、気張ってたてつづけに3つとも受講しました。
 
 ①平山優 「信長と武田信玄・勝頼親子 −三方原、長篠合戦を中心に」  小牧市
 ②竹井英文 「信長・秀吉・家康と東国ー中世から近世へー」 栃木県庁
 ③藤田達生 「柴田勝家と本能寺の変ー北国における織田体制ー」  富山県民会館

イメージ 1竹さんの栃木県庁での講演

竹さん、貫禄がついてきました。









 いずれも講師の御著述は読んでいて、内容は著述とそう変わらないのだが、講演だと講師にとっての濃淡が伝わるので心に迫る。
 竹さんのかの名著『織豊政権と東国社会』に代表される学説は、私の心にずしりと据わっている。
 
 今日は、北陸に関してはあまり迫る内容ではなかったが、本能寺の変の時、信長が向かおうとしていた先が備中高松ではなく四国だったということ、さらに秀吉がなぜ信長の確実な死という確証をいち早く得たのかが最大の鍵で、軍を返した秀吉が大坂で信孝に合同せず西国街道を山崎に向かったという行動、さらにその後の秀吉の天下人へと至る行為から、織田家に対する最大の反逆者は光秀ではなく秀吉であるという説は心に迫った。
 
 今年は、ふだんの山中を踏み歩く修学とはまた異なる修学も積むことができている。
 小牧は時間がなくパンをかじっての受講でしたが、栃木では県庁の生協でエビピラフ、富山では県民プラザでハンバーグセットと、いちおうご当地グルメも楽しめました。そして作手ではあの古山城に驚愕しつ、賽之神城、文殊山城を作手の第一人者にご案内いただく幸運に恵まれ、そして古山城は驚愕しつつも本当に武田の城なのか、賽之神城はほんとうにただの出城なのか、あの虎口、土塁の運用、主郭が機能的に城内を掌握するあの縄張りは、武田の影響下なのか、腑に落ちない箇所がいくつもあり、ブログにするにはもう一回は踏み歩かなければ書けないと作手再訪を期しています。
 
 明日、いつもの如く山の写真どどっといきます。夜交氏山城 大城1です。14日(土)に大城2を投稿です。考古学の試験前にもかかわらず、もう書き終えてあります。9日・14日の期日予定投稿です。ご期待ください。

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一段落

 城坂城・中条城を、越後に迫る武田の脅威に備える謙信の城として書きました。
ついで、在地の外様衆の持城の形態を提示する意味で、中条城近く約400mに在る中小屋城を書きました。中小屋城は、日時指定投稿なので14日に公開になります。
  空手合宿を26・27日に開催するため、今月の記事の更新は中小屋城までとします。
 しばらくお休みしますが、城坂城、中条城をお楽しみ下さい。そう舘山城もわりと凝って書きました。

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2015中世都市研究会

 中世都市研究会が今年は『中世日本海の地域圏と都市』と題して上越市で開催され、先日参加させていただきました。30名ほどの参集(おそらく素人は私だけ)でしたが、さすがに学会の研究報告だけあって、聞き応え充分の内容でした。中世ということと、能登(一部加賀も)から山形あたりまでの日本海の海運ー湊・津ー河川・潟湖ー都市との水運による繋がりを中心に、地元とも関係する6本の報告で、私にも理解することができました。
 越中放生津、能登七尾、蒲原・沼垂・新潟の分析、善光寺門前の発掘の報告、柿崎領内の後藤を通じた越中との繋がりは、今後の私の修学旅行記事にも活きてくると思います。

イメージ 1現地見学会

おうけ橋推定地点









イメージ 2研究報告「善光寺門前町と北東日本海交通」のもよう
 
 

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春日山城リニューアル


●春日山城大手口1 
リニューアルにあたり、佐藤春雄さんより柿崎郭へ至るルート・虎口の教示をいただき、平成27年3月撮影の写真を加え掲載してあります。5月と3月の写真が混ざり、見難いところもございますが、容赦下さい。
●春日山城大手口3(主郭背後) http://blogs.yahoo.co.jp/mei8812462/15233739.html?type=folderlist 
手口 http://blogs.yahoo.co.jp/mei8812462/15244822.html
春日山城中央部  http://blogs.yahoo.co.jp/mei8812462/15253113.html


春日山の裏は中央部中に貼り付けてあります。

お屋敷郭は、新しい写真がないため、旧記事のままです。

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