えいきの修学旅行

練習としてアメーバブログに飛騨の久々野6/22、牛臥山6/26、切手7/1の3城を投稿します。

日記

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講演三本

 午前は富山で考古学の試験。大丈夫でしょう。
 午後、越中史壇会の講演会。明日、晴れたら奥三河の作手再訪予定で仕事休めるようにしていたが、雨模様で延期。奥三河遠征には、途中飛騨か信濃の国を長く通らなければならず、馬をだすには今月がリミット。29日に最後の学芸員課程最後の試験となる美術史の試験がある。今週にはその準備を完了させて、来週・再来週に懸けよう。
 
 10・11月は待ち望んでいた講演会が三つあり、気張ってたてつづけに3つとも受講しました。
 
 ①平山優 「信長と武田信玄・勝頼親子 −三方原、長篠合戦を中心に」  小牧市
 ②竹井英文 「信長・秀吉・家康と東国ー中世から近世へー」 栃木県庁
 ③藤田達生 「柴田勝家と本能寺の変ー北国における織田体制ー」  富山県民会館

イメージ 1竹さんの栃木県庁での講演

竹さん、貫禄がついてきました。









 いずれも講師の御著述は読んでいて、内容は著述とそう変わらないのだが、講演だと講師にとっての濃淡が伝わるので心に迫る。
 竹さんのかの名著『織豊政権と東国社会』に代表される学説は、私の心にずしりと据わっている。
 
 今日は、北陸に関してはあまり迫る内容ではなかったが、本能寺の変の時、信長が向かおうとしていた先が備中高松ではなく四国だったということ、さらに秀吉がなぜ信長の確実な死という確証をいち早く得たのかが最大の鍵で、軍を返した秀吉が大坂で信孝に合同せず西国街道を山崎に向かったという行動、さらにその後の秀吉の天下人へと至る行為から、織田家に対する最大の反逆者は光秀ではなく秀吉であるという説は心に迫った。
 
 今年は、ふだんの山中を踏み歩く修学とはまた異なる修学も積むことができている。
 小牧は時間がなくパンをかじっての受講でしたが、栃木では県庁の生協でエビピラフ、富山では県民プラザでハンバーグセットと、いちおうご当地グルメも楽しめました。そして作手ではあの古山城に驚愕しつ、賽之神城、文殊山城を作手の第一人者にご案内いただく幸運に恵まれ、そして古山城は驚愕しつつも本当に武田の城なのか、賽之神城はほんとうにただの出城なのか、あの虎口、土塁の運用、主郭が機能的に城内を掌握するあの縄張りは、武田の影響下なのか、腑に落ちない箇所がいくつもあり、ブログにするにはもう一回は踏み歩かなければ書けないと作手再訪を期しています。
 
 明日、いつもの如く山の写真どどっといきます。夜交氏山城 大城1です。14日(土)に大城2を投稿です。考古学の試験前にもかかわらず、もう書き終えてあります。9日・14日の期日予定投稿です。ご期待ください。

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一段落

 城坂城・中条城を、越後に迫る武田の脅威に備える謙信の城として書きました。
ついで、在地の外様衆の持城の形態を提示する意味で、中条城近く約400mに在る中小屋城を書きました。中小屋城は、日時指定投稿なので14日に公開になります。
  空手合宿を26・27日に開催するため、今月の記事の更新は中小屋城までとします。
 しばらくお休みしますが、城坂城、中条城をお楽しみ下さい。そう舘山城もわりと凝って書きました。

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2015中世都市研究会

 中世都市研究会が今年は『中世日本海の地域圏と都市』と題して上越市で開催され、先日参加させていただきました。30名ほどの参集(おそらく素人は私だけ)でしたが、さすがに学会の研究報告だけあって、聞き応え充分の内容でした。中世ということと、能登(一部加賀も)から山形あたりまでの日本海の海運ー湊・津ー河川・潟湖ー都市との水運による繋がりを中心に、地元とも関係する6本の報告で、私にも理解することができました。
 越中放生津、能登七尾、蒲原・沼垂・新潟の分析、善光寺門前の発掘の報告、柿崎領内の後藤を通じた越中との繋がりは、今後の私の修学旅行記事にも活きてくると思います。

イメージ 1現地見学会

おうけ橋推定地点









イメージ 2研究報告「善光寺門前町と北東日本海交通」のもよう
 
 

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春日山城リニューアル


●春日山城大手口1 
リニューアルにあたり、佐藤春雄さんより柿崎郭へ至るルート・虎口の教示をいただき、平成27年3月撮影の写真を加え掲載してあります。5月と3月の写真が混ざり、見難いところもございますが、容赦下さい。
●春日山城大手口3(主郭背後) http://blogs.yahoo.co.jp/mei8812462/15233739.html?type=folderlist 
手口 http://blogs.yahoo.co.jp/mei8812462/15244822.html
春日山城中央部  http://blogs.yahoo.co.jp/mei8812462/15253113.html


春日山の裏は中央部中に貼り付けてあります。

お屋敷郭は、新しい写真がないため、旧記事のままです。

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ひと山越えて

金沢で試験があり、1010直江津発のはくたかで向かう。直江津駅で、思いがけず「はくたか」「くびき野」「妙高」のスリーショット。北陸新幹線が開業する来春には、みんななくなってしまうから貴重かも。
イメージ 1
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
1300試験開始で1時間前に金沢着の予定が、市振駅で70分停車…。
40分遅刻で2科目受験のところ1科目のみ回答。
1科目は虚を突かれた設題で、どのみち降伏だったが…。
 
イメージ 2帰りのはくたかまで1時間あり、前田土佐家資料館を修学。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
前田土佐家の養生訓 ー加賀藩上級武士の医療ーという企画展がされていて、高貴であっても、近代以前の寿命の儚さが私には沁みた。
戦場に携帯した薬として資料45戦場携帯薬書上、46戦場携帯薬用法・効能、47金創医術秘薬という出品があった。詳しい展示解説はなかったので、より知りたくて質問したが、学芸員さん不在ということで、詳細がわからなかった。で、後日学芸員さん出勤日に照会させていただくことにした。その依頼をするにあたっての自己紹介が複雑で、自分の複雑さに失笑してしまった。
 
試験も済んだので(再試があるが)三度目の埼玉遠征に向かおうか。
埼玉に出るには、長野県を抜けなければならず(関越というルートもあるが)、すでにかの気高い信濃は最低気温5度なんてでてる。
往復が朝夕だと凍りそうになる。

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