えいきの修学旅行

竹さんの『戦国の城の一生』、予約していたAmazonの他からも届く。二冊も手に入るぜ。

西国

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西国

西国のページです。
 鳥取県
鳥取城攻囲本陣(太閤ヶ平)1http://blogs.yahoo.co.jp/mei8812462/16671611.html
 
兵庫県
   有子山城その2 第六曲輪ー本丸ー千畳敷http://blogs.yahoo.co.jp/mei8812462/9398220.html
   有子山城その1 尾根ー第六曲輪http://blogs.yahoo.co.jp/mei8812462/9383736.html
 

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 その2では、第六曲輪から先、山上の本城地区を辿ります。
枯れた石垣と標高から感じる孤高さが、雰囲気あり。イメージ 2
第六曲輪
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第五曲輪
西と南(写真奥)は土塁がまく
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第四曲輪
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第三曲輪の石垣
 手前に石組がある。道が石垣で左は第二曲輪から本丸へ、右は本丸南下を通って千畳敷へ向かう。まずは第二曲輪から本丸へ向かいます。後でここに戻ります。
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第二曲輪へ入る枡形
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第二曲輪から枡形を見る。
気がつけば孤高。男ってそうかも。
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本丸石垣 右に石段がある
 
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登りきると
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有子山城本丸
登りきったは山か栄華か人生か
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本丸から見る前野将右衛門の領国但馬
但馬って美しい上国、野武士が極めた感慨は…
 
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本丸の東、堀切へ降りる虎口
本丸の東には大堀切で隔てられた千畳敷と呼ばれる大きな郭がある
 
第三曲輪の石垣下へ戻ります。
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第三曲輪の石垣南側は、本丸下を千畳敷方面へ向かう道が通ります
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本丸(左)と千畳敷(右)を隔てる大堀切
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堀切から千畳敷を見上げる
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千畳敷
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千畳敷もう一枚
 縄張り図からもわかると思いますがかなり広い平地。山上御殿でもあったのでしょうか。立派で優雅であったであろうが、孤高な…。
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千畳敷東端
黄線部に堀切があります
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千畳敷の東 尾根を遮る横堀
この先にもう一本横堀があるようですが、私はここで引き返しました。
 
在りし日の将右衛門の栄華を想い、孤高の本丸に立ち但馬を見ると、山を登り切ったという感慨と、登り切ったは人生の栄華か、という思いが儚さをともに感じました。まさに男の一生を想わす城でした。
遺構は、けっして華美な城御殿ではなく、豊臣政権の華美を裏付ける、武断の恐ろしさをまざまざと見せつける厳しいものと私には映りました。

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有子山城は、埋もれた古城から知って、男の一生を読み、遺構修学というよりは男の一生に描かれた前野将右衛門の、いや男の一生の儚さを感じようと想い、長駈訪ねてきました。以前から心に掛かっていたことですが、1週間後、男の一生について考える出来事がありました。
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山麓から見る出石城と有子山城
 有子山城は室町の巨大大名山名氏により、永禄12年(1569)木下秀吉の但馬侵攻が始まった後、天正2年(1574)に取り立てられたとされます。天正8年(1580)落城し、羽柴秀長―前野将右衛門―小出吉政が入ります。現在の遺構は羽柴秀長以降の改修による姿と思われます。
 
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出石城稲荷曲輪わきにある登山口
 岩ゴツゴツの取り付きから、勾配の厳しい細い尾根を息を切らせて登ると、古びたところがかえって艶やかささえ漂わす見事な石垣が鎮まる曲輪群に辿り着きます。
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とりつきがいきなり凄い
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尾根筋1馬蹄状の段がある
 尾根筋だけでもけっこう味わい深いものがありました。竪堀を区切りとして様相が変わっているように見えました。登りはかなりきつかったです。労作性狭心症を心配しました。
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一つ目の竪掘
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尾根筋2
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二つ目の竪掘
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尾根筋3
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土橋
この細さが豊臣政権の華美を支える武断の凄みの一面を想わせます。
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土橋から北東へ落ちる竪掘
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土橋から北西へ落ちる竪掘
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土橋の先の直登 
綱が降りていました。
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尾根筋4
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最初の削平地 本丸まで500m
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その一段上の郭
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西から見る 
土塁か基壇の跡がある
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登城路はここから西へ折れ、本城地区の崖下を通す
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崖側には土塁?にしては低い。
この上に崖を登りくる敵を撃つ狭間を備えた塀でも建っていたのだろうか。
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おっ、崖側に最初の石垣遺構!
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その先、左へ折れ五曲を経て本城地区へ
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 五曲り(うえから)
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四曲りあたりから
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五曲りの頭上には第六曲輪 
いよいよ本城地区、艶やかな石垣群が迎える
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現地案内板。
尾根筋から第六曲輪まで辿りました。黄字は私の書き込みです。
第六曲輪から先の本城地区は、その2(作成中)で。

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山麓から見た有子山城と出石城です。出石城は慶長9年(1604)小出吉英によって山麓に居館・政庁として築かれたとされます。有子山城の以前からの根小屋を改修したのか、以前の根小屋とは別に新たに築城したのか、は、わかりません。
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現地説明 
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登城門から入り
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二の丸と本丸隅櫓(模擬)
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二の丸
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出石城本丸
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本丸 庭の池
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本丸のもう一段上に稲荷曲輪があります。
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稲荷曲輪のわきに、有子山城の登り口があります。
 
 

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