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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

書庫偉大なる人びと

三十、命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、仕末(しまつ)に困るもの也。此の仕末に困る人ならでは、艱難を共にして國家の大業は成し得られぬなり。去れ共、个様(かよう)の人は、凡俗の眼には見得られぬぞと申さるるに付、孟子に「天下の廣居(こうきょ)に居り、天下の正位に立ち、天下の大道を行ふ、志を得れば民と之に由り、志を得ざれば獨(ひと)り其道を行ふ、富貴も淫すること能(あた)はず、貧賤(ひんせん)も移すこと能はず、威武(いぶ)も屈すること能はず」と云ひしは、今仰(おお)せられし如きの人物にやと問ひしかば、いかにも其の通り、道に立ちたる人ならでは彼の氣象は出ぬ也。
(西郷南洲遺訓)より
 
靖国神社には祭神されていませんが、明治新政府では重きをなし、大西郷でしか成遂げられなかったであろう課題を次々に行い最後は新政府で行った旧士族の不満を一身に背負い、日本国内で最後の内乱、西南戦争でその生涯を閉じられました。
私は大西郷の死こそが明治維新の終わりと解釈しています。大西郷の身の処し方は、常に潔く、世の中の大事については、執念を燃やすが如く追求された。「至誠は神の如し」というが、その行動は、生き神のようであった。
 
大西郷は
「命もいらない、名誉、名声もいらない、官位もいらない、金もいらないというような私心の無い人は、使命感で動くので、どう処置していいかわからないものである。しかし、このような、私心無く、使命感の強い人と一緒でなければ、国難を一緒になって切り抜けて、国家の重大な事業を成し遂げることはできない。しかしながら、このような人は、普通の一般的な人には、見抜くことができないものである。と、仰せになるので、孟子の中に{天下の廣居に居り、天下の正位に立ち、天下の大道を行ふ、志を得れば民と之に由り、志を得ざれば獨り其道を行ふ、富貴も淫すること能はず、貧賤も移すこと能はず、威武も屈すること能はず}(天下の開かれた公の場所に位置し、天下の正道に基き、天下の正道を堂々と実行する。その志が一般国民に用いられたら、それを一緒になって実行し、用いられなくても自分ひとりでも実行していく。そうであれば、富や権力のある者もこれを汚すことはできないし、貧乏や卑しい身分であっても心を移さず、平然としていられるし、威厳や武力によって、これを屈服させようとしても決して屈服させることはできない。)とあるが、今申されたのは、このような人物のことでありますかと、訊ねると、まったくその通りである、真に正道を踏むものでなければ、そのような人格や人間性は創出できないものであると答えられた。」
命も、名誉、名声も、高い地位も、余分な不当な金もいらないという私利私欲の無い人は、本当に扱いにくいものである。しかし、そういう人こそ誠の道を歩ける人であり、そういう人たちと一緒でなければ、国事に携わってはならない、国難も乗り越えることができない。また、そういう人物を見抜く眼力をつけるためには、自分自身の相当な修養も必要である。そうした結果、類は友を呼び、期せずして時期や場所を選び自然とそういう人たちが集まってく
る。
そして初めて、国の政策を実行できるのである。当然、そういう人たちは、後ろ指を指されるような、やましい所はないので、正々堂々と人民の声を聞き、国策に反映させ、国策に則って、誰に邪魔されること無く、柔軟に対応しながら、物事を進行させていくことができる。と、大西郷は語っている。
これは、政治家において一番肝要なことではないか!。
長生きしたい、名誉も名声も欲しい、いい地位に就きたい、後世に名を残したい、多くの金を持って贅沢したいと思っている人は、前述のように自己愛の強い人であるから、そういう人が世の中を引っ張っていったのでは、世の中が悪くなるのは、当然のことである。
今の政府・為政者にこの気概がある政治家がいくらほどいるでしょうか?。
現在岐路に立たされている日本国の舵取りははたしてできるのでしょうか!。
 
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  • カマちゃん、今晩は。

    >今の政府・為政者にこの気概がある政治家がいくらほど いるでしょうか?

    私も、同じ思いになり、
    あのような記事を書かせて頂いたのですが、
    もう一度、人間の思考回路を戻さないと駄目なようですね。(情けない)

    傑作

    [ reiko ]

    2010/4/21(水) 午後 8:29

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    reiko様
    ご訪問、コメントありがとうございます。
    難局になればなるほど為政者の資質が問われます。
    いくら政党政治の時代といっても現在の為政者のレベルが低すぎます。
    崇高で気高い日本を取戻さなければなりません。
    あまりにも占領政策にはまりすぎているのでは・・
    と思うのです。

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    2010/4/21(水) 午後 8:57

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    この人の有名な言葉「敬天愛人」これは今の現代にも通じる言葉ですね 義に生き義に散った人生

    そして考え方の違いから盟友 大久保利通との確執

    鹿児島に行ったら以前に西郷さんの人気は高く大久保の人気は低いです 数十年前にやっと大久保の銅像が作られたくらいですから

    [ - ]

    2010/4/22(木) 午前 10:39

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    Tomcat 様
    また「人は天命というものを天から与えられ、それに従い生きているのである」を実践した一生でしたね。
    大西郷は未だに人気は衰えませんが、全国的にみても大久保さんは人気がないですねぇ・・・
    人間としての魅力にかけるのでしょうね!

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    2010/4/22(木) 午前 11:03

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    私も この「敬天愛人」は好きな言葉です 天を敬い自らを愛す如く他人を愛せよ

    素晴らしい言葉です 西郷南洲翁は実際には政府との交戦は望んでなかっと言います しかし人望の厚かった彼は若者の国を思う熱意に打たれた 鹿児島という土地は九州でも考え方が他県と大きく異なります 言葉も熊本から下は大きく違います 理由は他国の間者を見分ける為に特殊にしたといわれていますね同じ九州の方言でもイントネーションが違うから現地に行ったら本当に戸惑うことも多いですよ

    [ - ]

    2010/4/22(木) 午後 0:34

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    また大久保に関しては歴史的には彼の評価が高いかも知れませんね
    西郷よりも先見の目があった事と、盟友よりも情に流されずに国を考えたことなど

    [ - ]

    2010/4/22(木) 午後 0:36

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    Tomcat 様
    鹿児島の統冶者は守護大名の昔から島津氏ですから九州の他府県とまた歴史風土が違いますね。
    大西郷も島津斉彬公に見出されなかったら折角の才能も埋もれてたでしょうね。
    大久保も大西郷がいなければ、世に出なかったかもしれませんし。
    二人に共通するのは強い使命感と実行力ですね!
    歴史にもしもはありませんが、
    この二人が生きていれば長州閥とりわけ吉田門下の政治家は世に出なかったかもしれません。

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    2010/4/22(木) 午後 2:23

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    高杉晋作の生き方には興味がありますよ

    [ - ]

    2010/4/23(金) 午後 6:13

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    Tomcat様
    高杉晋作にしても久坂玄瑞にしても惜しいかな明治という光明をみずして亡くなったのが実に惜しいです。
    大村益次郎にしかり、坂本龍馬も・・・
    明治はどう変わったでしょうね!

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    2010/4/23(金) 午後 6:20

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