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日本よい国、きよい国。 世界に一つの神の国。
降り積もる深雪(みゆき)に耐えて色変えぬ 松ぞ雄々しき人もかくあれ

書庫中国

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台湾人医師の直言  林 建良 著



日本よ、こんな中国とつきあえるか?(十三)博学にして無知な日本人より続きます。



第2章 台湾から見た日本および日本人

争いを避けたがる日本人に平和は守れない



7.いまだ滅びぬ日本人のサムライ精神


●「日本精神」に憧れて日本へ来たが…

台湾で戒厳令が解かれたのは一九八七(昭和六二)年七月のことである。私が大学を卒業したとき、台湾にはまだ戒厳令が布かれていた。戒厳令下においては、台湾人が海外に出ることは非常に厳しく制限されていた。しかし、大学生には特権が与えられていた。海外に留学する特権である。独裁政権から脱出するため、亡命する代わりに留学という手段が残されていた。


大学を卒業し、兵役を終えた台湾人のほとんどは留学するための試験に臨む。多くはアメリカを希望していた。しかし、私は最初から日本を希望していた。それは、父の影響が大きかった。父から、日本は武士道精神のある国だと言い聞かされていたからだ。私は武士道精神に憧れて日本にやって来た。


台湾人は武士道精神に憧れているというより、日本精神に憧れていたと言った方が適切かもしれない。私も「ギップンチェンシン」と台湾語で言われる日本精神に憧れていた。台湾人としては、武士道精神をそのまま日本精神と理解していた。台湾人から見れば、日本人はすべてサムライ精神を持っていると思っていたのである。


なぜ台湾人が日本精神に憧れているのかと言うと、台湾人にはないと思われた精神だったからである。台湾人が理解していた日本精神とは、滅私奉公、清潔感、規律、尚武、使命感、正義感などであるが、これらは台湾人には希薄か、持っていないものと思われ、日本人なら持っていると思われた精神だった。


来日して五日目に大学の研究室に入った。私のまわりはすべて日本人で、外国人は私一人という恵まれた環境だった。


その当時の日本はバブル経済の真っただ中で、ジャパン・マネーで次々とアメリカの映画製作会社やシンボルとなる建物を買収し、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」ともてはやされた時代だった。その浮かれた気分が日本の至るところに浸透していたようで、「白い巨塔」といわれる医学部の研究室まで一種の成金的な驕りが充満していた。

当時の研究室では、しばしば「どうだ、この治療を台湾でできるか」と日本人医師から自慢気に聞かされた。しかし、台湾は医学の基礎研究こそ遅れていたものの、臨床治療の点においては決して日本に後れをとったことはない。逆に、当時の日本は倫理的問題で臓器移植法がまだ制定されていなかったため実質的に心臓移植が不可能であり、心臓移植や肝臓移植の臨床分野では台湾の後塵を拝していたのである。しかし、その事情を知らない日本人医師たちが台湾人の私の前に示したのは、日本精神とはほど遠い、鼻持ちならない優越感だった。

ちなみに、日本で「臓器の移植に関する法律」が制定されたのは私が来日してから一〇年後の一九九七(平成九)年七月のことで、そのとき私はすでに栃木県に転居していた。


このような鼻持ちならない医師もいたが、幸運にも私の研究を直接指導してくださったのは、アメリカで研究を終えて東大に戻ってきたばかりの、まだ三〇代だった岡芳知先生(現在、東北大学大学院医学系研究科分子代謝病態学分野教授)だった。岡先生は当時さほど知られていない「糖輸送単体」(Glucose Transporter)研究の第一人者で、自分にも、教え子である私にも厳しかった。


当時の岡先生は私と一緒に、電気泳動用のガラス板や放射線測定用の小瓶などを、時間をかけてていねいに洗った。私は「このような仕事は研究助手にやらせてもいいのではないか」と不満に思い、それが顔に出たのだろう。岡先生は静かに、諭すように言われた。

「研究にはあらゆる段階で失敗がある。その失敗の原因は、往々にしてこのような細かなところで手を抜くことにある。だから、どんな細かい部分でも自分の手できちんとやると、たとえ失敗したとしても、失敗した原因を容易に見つけられるのだ」

私は、これはまさしく日本人の「匠」の精神ではないかと思った。これこそ、自分に厳しくそして誠実である「日本精神」ではないかと強く感じた。


最近になって、岡先生が東北大学の片桐秀樹教授らとの共同研究で、肝臓がセンサーと発信源となる肥満防止メカニズムを突き止め、その成果を二〇〇六年六月一六日発行の科学誌「サイエンス」(アメリカ科学振興会発行)に発表したとの報道に接した。「サイエンス」は「ネイチャー」とともにもっとも引用される学術誌で、審査基準が厳しいことで有名だ。


詳細は不明だが、報道では「肝臓がカロリーのセンサーとして働き、基礎代謝を調節する機能は、これまで全く知られていなかった発見だ。今後は、研究チームが突き止めた神経ネットワークに作用する肥満解消薬の開発などが期待される」とあった。岡先生の厳しい研究姿勢をつぶさに見てきた私には何よりの朗報だ。「匠」の精神が自ずから導いた成果として心から祝福したい。

しかし残念ながら、研究生活の七年間でそれ以外の「日本精神」に出会うことはなかった。


●冒険心と正義感を失なった日本人


日本人の「滅私奉公」という精神は、「私」という個人を滅して国家や社会という「公」に奉仕することだが、会社や大学のグループという単位に縮小された「公」においてなら、この精神に出会ったことがある。それでも日本人は台湾人に比べれば、「公」の方に重きを置き、「私」の比重は軽いように見受けられた。


また、「清潔感」に関しては、台湾人も日本人もさほど変わらないように思われた。ただし、それはいわゆる衛生上から見た清潔感のことであって、金銭面とか仕事関係で使うモラル的な清潔感の点においては、やはり日本人の方がまだまだ高いというのが率直な印象である。


では、「規律」についてはどうかというと、組織のなかの上下関係や命令系統はそれなりにあるようだった。


「尚武」とは、読んで字のごとく武を尚ぶことだが、日本ではまだ自衛隊の存在が合憲か違憲かという議論が盛んだった。軍人という言葉も死語になっていて、自衛官になることを誇りとする若者は非常に少なかった。だから、武を重んじる精神は滅んでしまったのかと思ったが、形を変えてスポーツの世界に生き残ったようだ。


「使命感」については、これも広義の国家や社会から、会社単位や自分のまわりのグループに限られてしまったように見受けられた。


このように時代によって「日本精神」は変化しつつも、その本質はまだ残っているようだった。しかし、七年間でまったくお目にかかれなかったのは「冒険心」と「正義感」である。台湾人から見た日本精神のなかでもっともわかりやすいのは「強きを挫き、弱きを助ける」という精神である。その点で、「冒険心」と「正義感」は重要なメンタリティーだと思われた。


ところが、日本人は無難な方法、確実な方法をとり、冒険はしないという傾向が強く、それは職場においても国家においても同じだった。日本人は結果はどうあれ、何にでも果敢に挑むという精神を持っていたはずなのに、いったいいつからこんなにも合理的に考える民族になってしまったのだろうか。なんともこじんまりとしてしまい、私は大いに戸惑った。


「正義感」については、たとえば、新聞をにぎわせていた「いじめ」の問題を見て、日本の子供の世界がそれほどまでに陰湿になってしまったことが私には驚きであり、ショックでもあった。少なくとも台湾では、日本のような「いじめ」があるとは寡聞にして知らない。台湾でも喧嘩はよくある。しかし、日本のようにグループで一人をいじめるというようなことはまずない。このような形のいじめが頻発するのは、日本人が正義感を喪失した象徴ではないかと思った。


しかし、大学の研究室を出て、栃木県の片田舎で医療活動に携わりつつ、徐々に台湾の独立建国運動に関わるようになって、この思いも変わってきた。運動に参加してきた日本人と付き合うようになって、日本人はまだサムライ精神を失っているわけではないと思い直すようになったのである。








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続く・・・・

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