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両陛下 御尊影
我々が崇める皇室が姓をお持ちにならないことはご存知だと思います。 これに対して、支那の王朝は天命を授かって民衆のなかから興って、時の王朝を倒して皇位を纂奪したから、姓があります。だから一族が中心にあって、天下を自分たち一族の私物だとみなした。漢王朝は「劉」、唐王朝の姓は「李」、宋王朝は「趙」でした。 異民族国家元王朝を倒して、明朝を開いた朱元璋は、貧農の出身でした。二十代で軍に入ってから頭角を現わし、ついには洪武帝元璋となった。 支那の最後の統一王朝「清」は満洲族で姓は「愛新覚羅」でした。 支那では天命によって易姓革命が行なわれるというものの、強者が覇者になるということの繰り返しが行われてきました。
皇帝とは、支那の神話の三皇五帝を凌ぐ者との呼び名で、秦王「政」が使用しました。
支那の始めての王朝とされる夏の始祖「禹」は三皇五帝の血統を受継ぎ「聖人」と呼ばれました。しかし、わが国の皇室に当たる「夏」も初代の禹から末代の桀まで14世17代、471年間続きましたが、殷に滅ぼされました。
皇帝とは、神をも冒涜した呼び名でもあるのです。
皇帝が徳――権力の独占者でした。歴代の王朝は、人民の膏血を絞れるだけ絞って、贅のかぎりを尽した。どの王朝も、天下を私物化したのです。支那では「君臣」といっても、皇帝とその使用人だけを指していました。民は「生民」とか、「小民」とか、「草民」と呼ばれたのです。草民は刈れば、また、いくらでも生えてくるという意味でした。
支那では王朝と人民とは、つねに対立関係にあり、人民は王朝を信頼することがなかった。支那でも朝鮮でも、人々は専ら自分自身と、自分の一族を守ることに努めなければならなかった。今日の中華人民共和国も、易姓革命によって出現した中華王朝であることに、まったく変わりがないのです。支那にはいまだに公の概念がないのです。
紫禁城
清王朝の「紫禁城」は贅を極めた城郭であり、わが国の京都御所は城郭ではありません。
皇室には統治者としての証し、「三種の神器」が歴代天皇に連綿と引継がれていますが、支那には存在しません。王朝の正当性を強調する為に、北京と台湾の故宮博物院にある「至宝」を採集したのです。 日本と支那は、対照的です。畏くも今上陛下が百二十五代に当たられるが、百二十五人の天皇陛下のなかで、お一人として贅を尽された方は、おいでになりません。つねに質素を旨とされ、「天皇に私(わたくし)なし」といわれるが、国民を想われて、神事に真摯に取り組まれてこられた。誠に有難いことです。もし、万世一系の皇室がなかったとしたら、日本は支那や、朝鮮と変らないような国となっていたでしょう。
天皇陛下と国民はつねに利害を同じくして、苦楽を分かち合い、歴史を通じて、相互の信頼と敬愛によって結ばれてきたのです。天皇陛下と国民のこのような絆(きずな)が、日本の政治文化と生活文化を律してきた。ここから、和の精神が培われてきた。今日でも、日本では子どもを育てる時に、「みんなと仲よくしなさい」というのに対して、支那では「ひとに騙されないように」という教育をします。
日本は和の社会であってきたから、たとえスポーツ競技でビリになったとしても、最善をつくして頑張ったら、評価されるが、韓国では勝たなければ、軽蔑されるのです。一番になれと・・・
皇極天皇四年に、女帝であられた皇極天皇のもとで、大化改新が断行されました。それまで、日本では豪族が日本を分けて支配していたのを、大化改新によって、天皇陛下が全国を直接治めるように改めた。明治政府の廃藩置県は、同じことを行ったのです。
皇極天皇は大化改新に当たって、「今始(はじ)めて万国(くにぐに)を治めんとす」「万民宰(おさ)むるは独り制(おさ)むべからず、要(かなら)ず民の翼(たすけ)を須(ま)つ」という、勅(みことのり)を発されている。これは、聖徳太子がその前に、十七条憲法を制定して、「和ヲ以(もつ)テ貴(とうと)シトナス」と諭されたのと、同じ線上にあるのです。第十七条目は、大切なことはみんなでよく相談して決めなさい、全員で話し合って決定したことは正しいと、定めている。これは、世界最古の民主憲法であって、大いに誇るべきことだ。日本の国号として、大和(やまと)があるが、和によって結ばれてきた。日本は二千年以上にわたって、万世一系の天皇を尊ぶことによって、一つにまとまってきたのです。 明治維新は古くから日本の内にあった思想から、発した。古代から胍々として伝わってきた尊皇精神によって、成し遂げられたのです。支那の辛亥革命の孫文の三民主義は西洋から借りてきた物でした。
もっとも、辛亥革命の主役は、袁世凱でしたが・・・。
孫文は「近代中国の父」といわれているものの、脇役でしかなかったのです。辛亥革命は武昌蜂起によってもたらされたが、孫文はそのあいだ、アメリカとヨーロッパに遊んでおり、武昌蜂起の三ヶ月後になって、ようやく帰国。
孫文が支那人は「一盤散(いちばんさん)砂(しゃ)」――まるで大きな皿に盛った、砂の山のようで、すぐに散り散ってしまうと嘆いたことは、よく知られている。支那が不信のうえに築かれた社会であるのに対して、日本は和によって束ねられてきたのです。
日本の国歌『君が代』は、古今和歌集からのものです。「君が代は千代に八千代に
さざれ石の巖(いわお)となりて苔(こけ)のむすまで」という歌詞は、日本の国歌としてもっともふさわしいものだ。細(こまか)い石である「さざれ石」が集まって、一つの「巖(いわお)」となるから、支那とは正反対の国柄です。 筆者は畏くも天皇陛下が「現人神」であられることを、信じています。
日本の神々は山や森にましまして、鎮まっていられるという時に、外国諸語に神が「鎮まっている」という言葉がない。ユダヤ・キリスト・イスラム教の唯一神は能動的で、人々の生活の細かいところまで干渉します。
西洋の王や、為政者は、長いあいだその神のように専制者でした。今日の支那も絶対権力を正当化する儒教国家であることに、変わりがなく、朝鮮半島の国家も同じでしょう。
畏くも天皇陛下は、杜のなかに鎮まっていられる。国民は天皇陛下にご心配をおかけしないように、身を律して生きることを求められている。世界に類ない、君臣一体の国柄であることに「誇り」を。
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我が国は他国にはない素晴らしい國體であります。
易姓もなければ王朝名も変わらず、万世一系の皇統が綿々とつながっております。
ナイス
2013/2/26(火) 午後 10:44
転載させて頂きます。
応援&今日の ナイス ポチ凸
2013/2/27(水) 午前 2:44
転載いたします。
[ MUGEN ]
2013/2/27(水) 午前 6:33
日本を誇りに思っております。
ナイス・転載させて頂きます。
2013/2/27(水) 午前 7:21
ただただナイス(^^)
ホントに『品』がありますね〜(^^)
2013/2/27(水) 午前 8:16
なんでこうしたことを国民がしらないのかなぁ・・・・・
残念ならない。
転載させていただきます。
☆
[ TSOJ ]
2013/2/27(水) 午後 4:13
世界広しといえど日本だけのもの。
誇りと自信が湧いてきました!
ナイス!
2013/2/27(水) 午後 5:34
素晴らしいことです。
ナイス
2013/2/27(水) 午後 6:38
コメントを頂戴し、またご支援賜り、誠に有難う御座います。
訪問コメントを優先したく、纏めコメントで失礼致します。
もちろん、頂いたコメントは全て拝読させて頂いております。
日頃のご配慮に感謝します。
2013/3/3(日) 午後 1:22