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日本傷痍(しょうい)軍人会創立60周年記念式典に行幸啓あそばされ労いの叡慮を賜る、天皇陛下御尊影=3日午前、東京都渋谷区の明治神宮会館
日本傷痍(しょうい)軍人会創立60周年記念式典に行幸啓あそばされ労いの叡慮を賜る、天皇陛下御尊影=3日午前、東京都渋谷区の明治神宮会館 謹んでお伝えいたします。 畏くも天皇、皇后両陛下におかせられましては3日、東京都渋谷区の明治神宮会館で開かれた戦傷病者特別援護法制定50周年と日本傷痍(しょうい)軍人会創立60周年の記念式典に行幸啓あそばされた。式典には元軍人やその家族計約1100人のほか、来賓として安倍晋三首相らも出席した。
日本傷痍軍人会は、戦争で負傷した元軍人の生活援護や親睦を目的に1952年に設立され、55年に財団法人になった。会員数は財団移行時に約35万人だったが、現在は約5000人まで減少。平均年齢も約92歳と高齢化が進んでいるため、11月末で解散する方針を決めており、今回が最後の式典となる。
天皇陛下が3日、日本傷痍(しょうい)軍人会の創立60周年を記念した式典で叡慮を賜りました。
全文は以下の通り。
戦傷病者特別援護法制定50周年並びに財団法人日本傷痍軍人会創立60周年の記念式典が行われるに当たり,全国から集まられた皆さんと一堂に会することを誠に感慨深く思います。 日本傷痍軍人会の解散を宣言する会長の奥野義章さん=3日午前、
日本傷痍軍人会は、11月末までに新公益法人への移行を求められていたが、討議を重ねて解散を決めた。解散式には、元軍人と妻、家族ら計約千人が参加して黙とう。自身も大陸で銃弾を受けて大けがを負ったという奥野義章会長(90)=福島県玉川村=は、式辞で「障害と闘い、家族とともに傷痍の身に耐えながら、不撓不屈の精神と周囲の方々の温かい支えにより幾多の困難を克服し、社会の各分野で活躍してきた」と振り返った。
両陛下は平成5年以降、日傷が約5年おきに開いた記念式典に毎回行幸啓あそばされ、戦地の苦労と戦後復興への貢献に謝意、叡慮を賜っていました。
平成3年、日本傷痍軍人会代表団がオランダを訪問した時、市長主催の親善パーティでのエドゥアルト・ヴァン・ティン(Eduard van Thijn)アムステルダム市長(後の内務大臣)の歓迎挨拶を、憲兵少尉のシベリア抑留経験者、溝口平二郎(平成9年3月14日逝去)が録画していたのを、後に、(財)日本国防協会理事の浅井啓之氏が文章に起こし、平成6(1994)年3月24日作成したのが、下記のとおり。
「あなた方の日本国は先の大戦で負けて、私共のオランダは勝ったのに大敗をしました。今日の日本国は世界で一、二位を争う経済大国になりました。私達オランダは、その間、屈辱の連続。即ち、勝った筈なのに、貧乏国になってしまいました。 陛下の叡慮に代わる言葉などありません。
ただ、傷痍(しょうい)軍人の皆様の戦後のご苦労に思いを馳せる時、只、「あなたがたのおかげで、今日の繁栄を享受しています。ありがとうございました・・・」
この言葉しか見つかりません。
天皇陛下、皇后陛下はじめ、皇族方がいつまでもお健やかであられることを、臣民の一人として祈念します。 皇尊 彌榮 彌榮 彌榮
日本國民(やまと民族)は皇室と共に・・・・
天皇陛下、皇后陛下 萬歳 萬歳 萬歳
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陛下のお言葉に全てが表わされております。
ナイス
2013/10/3(木) 午後 10:57
私のところも、財団法人と言う形態で運営させて頂いてます。そして、今回の法人改革の荒波も上手に乗り切り公益財団へと移行致しました。しかし、この様な歴史も意義もある財団が解散させられると言うのは、残念でなりません。お役所仕事の紋切型な対応ではなく、血の通った人間らしい社会の復活を願います。それが、先の大戦で命を懸けて戦った先人達の思いだと感じるものです。
ナイス☆
2013/10/4(金) 午前 5:46
素晴らしい記事です。
ナイスを100回入れようとも評価しきれません。
感動しました。
2013/10/4(金) 午前 8:35
コメントを頂戴し、またご支援賜り、誠に有難う御座います。
訪問コメントを優先したく、纏めコメントで失礼致します。
もちろん、頂いたコメントは全て拝読させて頂いております。
日頃のご配慮に感謝します。
2013/10/6(日) 午後 3:25
両陛下、来年からは訪問・式典公務を
いくつか 後継にお譲りになるので
精力的にご出席されていますね
2013/10/7(月) 午後 10:01