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東京都知事選に関わる話題がメデイアを賑やかしています。 脱原発を選挙の焦点にしようとマスコミは躍起になっていますが、果たして国家の存亡、興隆に関わる問題かと筆者は疑問に思います。
この程度のことしか争点にならぬことが、平和ボケした現在の日本を現しています。
今から遡ること150年以上、わが国は国家存亡の危機にありました。
しかし、我々の祖先はこの危機を命懸けで乗り越えたのです。
君が為 捨つる命は 惜しまねど 心にかゝる 国の行末 文久3年4月、坂本龍馬は、勝海舟の使いで福井藩の松平春嶽公を訪れました。目的は海軍の軍資金の調達でしたが、龍馬は、「海軍をおこし兵威を強くせよ」と説く横井小楠(よこい しょうなん)の助力を受けて、多額の軍資金を得ることができました。この時、龍馬は小楠を自宅に訪ねました。小楠は龍馬を連れ、由利公正の家を訪れました。三人は国を憂い、大いに語り合いました。その際に、龍馬が詠んだと伝えられるのが、冒頭の歌です。
昨今の政治家は、維新、革命と軽々しく口にしますが、近代日本を開いた英傑は、岩倉具視を除く全員が明治10年前後の紀尾井坂の変までに暗殺もしくはなんらかの理由で死亡しています。 筆者が明治維新についていつも思うことは「これは神々が仕組んだ奇蹟のシナリオだということです」と言うことです。同じ危機意識をもった思想家、学識者が全国に同時に出現したこと。水戸藩の藤田東湖、越前藩の橋本左内、松代藩の佐久間象山、小浜藩の梅田雲浜、長州藩の吉田松陰、肥後藩の横井小楠等々。 そしてそれを行動に移した英傑達。 坂本龍馬、吉田松陰、高杉晋作、西郷隆盛、大久保利通、大村益次郎等、列挙すればきりがありません。 彼らは天が遣わし天が容赦なく召された人々でした。明治の御一新の為に生まれて来たのです。ある役割を終えるとアッと言う間に天に召されたのです。 ペリー艦隊来航から十三年後、大政奉還が行われました。明治大帝を中心とした統一国家が出来たのです。諸藩、諸大名が明治大帝の下に一つになり、領地から家臣領民まで返上するという世界史上類をみない奇蹟を成し遂げたのです。明治の御一新が一種の革命だとしたら、これほど不思議なものはありません。 ヨーロッパで起こった革命は「我々にパンを与えよ!」でした。「人民が飢えているのは政府が悪い、国王が悪い、人民よ蜂起せよ」この場合の革命は何ら知識が無くても、字が読めなくても済みます。しかし明治維新の場合、国を取り巻く外国情勢、欧米列強の体質、侵略の脅威、日本の国柄、歴史、伝統、文化、魂、尊皇思想から攘夷思想等々、複雑で理屈の必要な変遷でした。 他国に類をみない複雑な理屈を国民が受け入れるには、高度な教育とインテリジェンスが必要でした。この倒幕、維新の理念が日本国中を風靡(ふうび)したのは江戸期の教育力の高さ、識字率の高さ、感性豊かな民度にありました。明治の御一新は今日の我々が学ぶべきことが、色々と示唆に富んだヒントがいっぱい詰まっているのです。 現在は、第四の国難の時代と言われています。神がつくった芸術品の如く御一新の英傑たちが出現したように、そしてその人々が奇蹟の明治御一新を成し遂げたように、現代もまさにそれを再現する時が来たのです。薩摩出身の歴史作家、故 海音寺潮五郎先生は述べています。「英雄は人生が全て英雄だったのではない。人生のある時期、その短い時期が英雄だったのである」。 わが国は危機に直面すればするほど、天から遣わされた人々が出現します。日本の歴史の中に働く神の御意志を痛感してなりません。 明治御一新の英傑は「天命」によって命を賭け、後世の我々に御国を遺されました。 現代、肇国始まって以来の危機だと言われております。神からの召命です。好むと好まざるとに関らず我々は歴史のうねりの中に宿命的に立たされているのです。 |
誇り高き日本







今こそ日本は明治の御一新を思い起こすべきです。
ナイス
2014/1/21(火) 午後 11:12
さくらの花びら様
仰せの通りです。
ご来訪、コメント、ナイス感謝申し上げます。
2014/1/22(水) 午前 4:12
ご来訪くださり、記事をご覧いただき、ナイスをいただきました方々に御礼申し上げます。
2014/1/22(水) 午前 4:12