日本の叡智、我々の祖先が畏敬した「自然」育んだ「文化」「風習」「伝統」他民族にはない日本精神。
いつも共有させていただいているN.a.さまからの動画です。
映画監督の河瀬直美監督撮り下ろし「神話のふるさと みやざき」プロモーション映像 、概要もそのまま転載させていただいています。
神武天皇が東征の出発地として選んだとされる「お船出の地」
◆神聖なる船出の地には、国への深い想いとぶれない志があります。
日向灘に面する港町・美々津(みみつ)は、江戸時代に高鍋藩の商業港として栄えた町で、意匠を凝らした町屋が軒を連ねる昔ながらの美しい景観で知られています。
この地は、日本の初代天皇・神武天皇の東征出発の地としても有名です。伝説によれば、成人したカムヤマトイハレヒコノミコト(後の神武天皇)は、現在の宮崎神宮(神武天皇を祭神として祀る)のあたりを拠点としていました。しかし、この地は国を治めるには西にあり過ぎました。神武天皇は45歳にして東にある大和の国を目指すことを決意します。その船出の地に選ばれたのが美々津でした。船出は風の都合で急遽早朝に変更となりました。里人が大急ぎで作ったといわれる「お船出だんご」や、里人が見送りやお供のために寝ている人を起こして回ったことに由来する「おきよ祭り」が今も伝えられています。
命を賭してよりよい国造りを志した神武天皇と、その志を支えた里人たち――。平和で正しい国を造ろうというぶれない信念と覚悟は、2600年あまりの時を経て、現代を生きる私たちの心を熱くします。
古来の焼畑農法と狩猟文化が伝わる、平家ゆかりの秘境
◆授かりし恵みに感謝し、定められし作法を守る奥深き山の暮らしがあります。
九州山地のほぼ中央に位置する椎葉村(しいばそん)は、幾重にも重なる険しい山々に囲まれた秘境として知られています。この地には、壇ノ浦の合戦で落ち延びた平家一門が住み着いたという伝説が残ります。
雅を極めた一族の質素な暮らしぶりを目の当たりにした追手の那須大八郎が、追討を断念して共に暮らし、農耕の手ほどきをしたり、平家の守り神を祀る厳島神社の建立をしたという、悲哀と人情あふれる物語が語り継がれてきました。大部分が急傾斜の山林である椎葉村では焼畑が伝承され、数少なくなった現在でもその伝統を残す取組みが行われています。また、古くから犬を用いた狩猟が行われ、独自の狩猟儀礼作法が伝えられてきました。狩りに出かける時、獲物が獲れた時など、あらゆる工程で山の神に祈りを捧げます。
「のさらん(授からない)福は願い申さん」という村の言葉の通り、我欲を排し、授かったものに感謝する謙虚で豊かな心が継承されてきました。奥深き秘境の地に残された自然との共生の思想は、現代の奇跡であり、希望なのかもしれません。
神の国のぬくもりは、我々日本人に失いかけた「やまとごころ」を呼び覚ませてくれます。
天皇彌榮(すめらぎいやさか)
聖寿万歳(せいじゅばんざい)
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神武天皇の詔が今も綿々と受け継がれています。
ナイス
2014/11/18(火) 午前 7:31
ナイスです
いろいろなことを紹介ありがとうございます
2014/11/20(木) 午後 9:11
( ´ー‘)y─┛チァーパーボェー
宮崎は南方文化の香りがしますの〜
ナイス!
2014/11/23(日) 午前 10:51